第七章~並木⑥
二人が警察関係者と見抜いたらしい。それでも彼は続けた。
「まあいい。ここでずっと居られても困る。中に入ってくれ」
「それでは失礼します」
後方にいた的場がそう答え、並木達も通れるように大きく開けられた扉を通り中に足を踏み入れた。その後に続き靴を脱ぎ上がる。先を歩く白木場は短い廊下の先の扉を開けリビングへと入った。
一人暮らしには少し広い二LDKの間取りだと、既に調べは済んでいる。ざっと見渡す限り、誰かの訪問に備えているようには見えない。よってどこに腰かければよいかと思っていた所、白木場が隣の部屋から座布団を三枚持ってきて、床に置いた。
「ほとんど使っていないし、最近は干していないらかび臭いかもしれないが我慢してくれ」
彼は座椅子をテーブルの反対側に移動し座った。言われた通り向かい合わせに三人が腰を下ろす。口火を切ったのは白木場だった。
「十田さんと呼べばいいかな。まずあなたの話を聞こう。どうやってここを調べたかなど今更いいが、一体何の用があって来た」
事前の打ち合わせ通り、まずは記者として切り出す段取りだったので問題ない。並木達はしばらく様子を見ようと口を噤んだ。
「前置きは止めましょう、白木場さん。あなたが長年世間を騒がし続けてきた、闇サイト殺人依頼事件の主犯ですね」
予定していた流れと違い、いきなり結論を突きつけたので並木は驚いた。それでも彼は逆上することなく淡々と、しかし気迫のこもった声で反論した。
「何を突然言い出す。あなたの書いた記事は読んだ記憶がある。どういう訳か、あの事件を追い続けているようだな。だけど何の証拠があって私が主犯だと決めつける」
「あなたは十五年前、滋賀県にいた。そこで徘徊と万引き癖が抜けない祖父の介護に苦しんだ。しかしある日事故で祖父は死亡。それを機にあなたは全国各地で同じく介護で苦労またはDV等の被害に遭っている人を助けようと闇サイトを立ち上げた。そうして悩みの種である被介護者やDVをする奴らをこの世から消し去り救おうとした。違いますか」
「ほう。良く調べたな。だがそんな人は大勢いるう。あの事件を追っているなら理解しているはずだ。あなたや周りにもそんな苦痛を抱えた奴など吐いて捨てる程いるじゃないか」
そう言いつつ意味ありげに三人の顔を見渡した。やはり気付いているようだと確信する。
「もちろん。私もあなたと同じで大変だったし、被介護者を事故で失った点も似ています」
「そうだろう。だったらあなたが闇サイト運営者である可能性だってある。それとも横にいる並木さんかな。もしかしてお二人とも事件に関わっているのではないのか」
挑発する口調で得意げに微笑んだ。しかし驚くことに、反論せず頷いたのだ。
「はい。私も彼もある意味一連の事件の関係者だと、あなたはご存知のはずです」
皮肉を投げかけた彼の感情を逆撫でしたからだろう。顔を歪め、厳しい目で睨んできた。
これだけの事件を起こしながら各地を転々と移動し捕まらずにいたのは、相当注意を払ってきたからだ。よって並木だけでなく、的場の正体すら把握していたとしても驚かない。もしそうなら、彼はこの状況をどう切り抜けるつもりなのか。その点にも関心を持った。
横の的場が無表情を保っていた為、並木もそれに従った。今はまだ警察として動くには早い。まず二人のお手並み拝見といこう。そう思ったところ白木場が軽く目を閉じ、息を吸って大きく吐いた。
当初より静かで柔らかな表情に変わる。心を落ち着かせたらしく、穏やかに話し出した。
「そう、私は知っている。それを忘れてはいけないよ」
「認めましたね。もちろん今の言葉だけで何を意味するか様々な解釈ができるので自白と言えませんが。ただあなたはまだ私の質問に答えていない。否定や反論があればどうぞ」
「滋賀にいて祖父を事故で亡くしたのは事実だから認めよう。しかし一連の事件の主犯だとか、闇サイトを立ち上げたとの馬鹿げた指摘は否定する」
「では質問を変えます。まず岐阜で吾妻瞳という女性が殺害された事件、そしてこの愛知で猪川理恵という女性が刺殺された事件はご存知ですか」
そう言い雑誌掲載の記事のコピーをテーブルの上に置き前に差し出した。彼はそれをちらりと一瞥してから答えた。
「あなたが書いたものだな。見た気もするから知っていると聞かれればそうかもしれない」
「では彼女達と面識はありますか。または彼女達に会いに行こうとした事はありますか」
「ある訳がない」
「何故そう言い切れるのですか」
「知らないから当然会う理由もない」
「彼女達が住む家の近くまで行った事すらありませんか」
「しつこいぞ。あるはずがない」
白木場がイラっとした調子で言い返した言葉を聞き、並木は思わず心の中で拳を握った。同じ思いをしたのだろう。
「言いましたね。では岐阜の事件当日、しかも吾妻瞳が連れ去られたもしくは殺害されたと思われる時間帯、何故あなたの車が被害者宅の近くを通ったのでしょう。また稲川理恵が殺害された日も同じです。どなたかにお貸しされた、なんて言い訳はやめて下さいね」
先程出した自分の記事を指差し追求した。その瞬間、冷静を装っていた彼の表情が再び歪んだ。恐らく悟ったのだろう。咄嗟に身を乗り出し、記事の被害者達の大まかな住所と日付を確認する仕草をしてから言った。
「なるほど。私はごくたまに気が向くとドライブに行く。もしかするとその辺りを走ったかもしれない。だがたまたまそうだっただけだ。それだけで私が事件に関わっているなど決めつけられても困る」
「往生際が悪い。偶然が三つ続けば必然との言葉通り、少なくともあんたが二つの事件の容疑者になり得る状況証拠が見つかったんだ。観念しろ」
これまでの口調を変え迫られたからか、白木場はやや怯んだ。それでも抵抗を示した。
「今三つと言ったな。まだ二つだ。偶然が重なるなんてよくある。ここに似た境遇の人物が集まったのもそうだろう」
「違う。私達は集まるべきして集まった。闇サイト事件の主犯格を逮捕する為にね」
「待て。その程度の証拠で逮捕など出来る訳がない。それとも強引な手法で警察に連行するつもりか。そんな真似をしたら、どうなるか分かっているだろうな」
「そんな真似はしません。逮捕状はまだですが、家宅捜索令状は取れました。ですから私達はこの部屋を調べられます。もちろん立ち会いなど必要ありませんよ。ここの大家さんが来る予定です。あなたはその間、警察に任意出頭し聴取に応じて頂ければ結構です」




