第七章~並木⑤
頭の中で危険信号が灯った。並木が関与しないところで別の動きが同時進行していたらしい。的場は情報だけを吸い取り裏工作をしていたようだ。嫌な予感がする。だが今更どうしようもない。言われた通り動きこれまで掴んだ証拠を元に白木場を追い込むだけだ。
しかしあれ程渇望していた瞬間が目の前に訪れたにも関わらず、心が躍るどころか胸騒ぎしかしない。一体何故こんな状況に陥ってしまったのか。並木は戸惑うばかりだった。
的場からの通話を終え、約束の時間の十五分前に車で白木場が住むマンション近くに到着し、コインパーキングに停めた。そこから徒歩で歩いていると、既に入り口近くに二人が立っていた。三人共面識がある為、別に問題はないがどうしても違和感が拭えない。その為険しい顔をしていたのだろう。
「どうした。眉間に皺が寄っているぞ」
的場がそう言うと、もう一人が申し訳なさそうに頭を下げた。
「色々隠していて申し訳ない」
それは並木も同じく裏で動いており、しかも大元の重要な情報源を提供してくれた相手で感謝はしても、責められはしない。
「いえ、こちらこそすみませんでした」
とっくに明らかになっていた白木場のアリバイを告げていなかった件もばれているはずだ。よってそう言わざるを得なかった。
「まあそれぞれ言い分はあっても大義の前では些細な問題だ。共通の敵を逮捕するのが今日ここに集まった最大の目的だろう。それを無事果たすまでは協力しようじゃないか」
的場がそう話をまとめた為、並木は目の前に立つマンションを見上げ、話題を変えた。
「警戒されると思いここ数日は監視していなかったはずですが、在宅している様子ですか」
入り口はオートロック式でなくエレベータも無い。また最上階の三階一番奥の角が彼の部屋と確認済みだ。よって階段を上がりドアの前に立ち、インターホンを押して訪問すれば逃げられない。後は彼が中に入れてくれるかどうかである。
「外出している様子はないから、間違いなくいるようだ」
的場の自信ありげの発言にまた疑念を持った。断言するのは監視していた者から告げられているのだろう。つまり並木の知らない内に、捜査員が張り込みをしていたと思われる。
通常なら管轄の愛知県警が受け持つ仕事だ。けれどそこの刑事課所属の並木でなく警視庁所属の彼が報告を受けているのなら、張っていたのは彼の部下達だろう。それとも警視庁の依頼を受けた県警が、所轄または刑事課に依頼していたのだろうか。
並木は最近、県警刑事課と距離を置きほぼ単独行動していた為、他の動きが把握できていない。それ故こんな事態を招いたのだと舌打ちしたい気持ちを押さえ、質問を続けた。
「最初は記者として訪問する作戦でしたね。では私達はしばらく黙っていればいいですか」
「私がインターホンを押し、用件を伝えます。お二人は同僚だとだけ告げ、中に入れて貰えば話を進めます。刑事として名乗り、署へ任意同行を求めるタイミングはお任せします」
その説明に思わず的場と目を合わせた。彼は言い分を理解したようで苦笑いして言った。
「あなたと白木場の会話の流れを聞いて、こちらで判断すればいい。そういう事ですね」
「はい。記者としてまず闇サイト殺人依頼事件について触れ、その後猪川理恵と吾妻瞳の件を追求。最終的に彼が闇サイト創設者だと指摘し、一連の事件に関わった証拠を突きつけます。その対応如何で埒が明かなくなった場合、警察の権限を発動して頂ければ」
「そうしましょう。基本的には私がその口火を切りますが、並木さんも言いたいことがあれば話して貰って構いません」
並木は頷くしかなかった。そうした二人の様子を見て言った。
「では行きましょうか」
先頭を歩き階段を昇り始めた後を的場と並木が続く。黙って玄関前に到着するとカメラのないボタンだけのインターホンを二度押した。うっすらと部屋の中からブザー音が聞こえる。しばらくして反応があった。
「はい。どちら様ですか」
やはりいた。やや声が固い。名乗らなかった事も含め、警戒しているのかもしれない。
「突然すみません。私、フリー記者をしている者です。白木場義信さんのお宅でしょうか」
「どういったご用件ですか」
相手の声が強張っていた。本人だと認めず尋ねられたが、彼は誤魔化さず正直に答えた。
「ここ数年世間を騒がしてきた闇サイト殺人依頼事件について調べているのですが、白木場さんにお伺いしたい件がございます。申し訳ありませんがお時間を頂けないでしょうか」
やや間があった後、インターホン越しに回答があった。
「今忙しいのでお断りします」
切られそうになった為か急いで続けた。
「私が十田月という名で一連の事件の記事を書いているのはご存じでしょう。それに岐阜では大変お世話になりました」
彼の発言により相手の態度が変わった。最後に述べた意味は理解できなかったが、白木場が闇サイトの主犯者なら、執拗に事件を追う記者の存在に気付いていないはずはない。
恐らく動向を注視していたのだろう。その人物が居場所を突き止め乗り込んできたのだ。追い返してもしつこく尋ねて来ると観念したのか、ドアスコープで顔を確認したらしい。
「一人じゃないな。後ろの人間は誰だ」
控えていた並木達の姿を捉えたようだが、誰かまでははっきり見えなかったのだろう。
「同僚というか、連れです。さすがに私一人での対面は危険だと思いまして。襲われる、または逃げられても困ります。それにお話頂けるなら同席は欠かせない二人です。玄関先では何ですから開けて頂けませんか」
返答がなく静寂が続いた為、出ないつもりかと危惧した。ここは三階なので窓から飛び降りはしないだろうが、ベランダを伝って下へ逃げることは可能だ。よって一階まで先に降り、裏へ回るべきか的場に問おうとした時、ドアの鍵がガチャリとなった。そしてゆっくりと開き、隙間から彼の顔が見えた。
既に隠し撮りなどで確認をしていたが、これほど間近で見たのは当然初めてだ。こいつが長らく追い続けてきた白木場かと、思わず唾を飲み込みじっと観察してしまった。七十歳とは思えない若々しさで、肉付きがしっかりとしている。ほぼ引き籠り状態と聞いていたが、健康に気遣い体も鍛えているのだろう。それに佇まいからして迫力があった。
威嚇するその姿勢は三人とも跳ね除けかねない気配を感じた。この人物なら若い女でも刺し殺す力はありそうだ。間違いなく一連の事件の主犯だと確信した。当然だろう。全てに直接手を下してはいないが、これまで十数人以上の殺人に関わったシリアルキラーなのだ。並大抵の神経の持ち主ではない。また知能犯でもある為、聡明な顔つきをしていた。
そうした並木達の視線を察したのか、こちらに目を向けて言った。
「ほう。これはお揃いだな。単なる記者仲間ではなさそうだ」




