第七章~並木③
そうして白木場包囲網を形成し徹底的に捜査を行った。そこで徐々に様々な手掛かりを得た。その一つが猪川理恵刺殺事件の物証だ。これまでと違い被疑者が絞られたからこそ出来たのだ。
新たに取り寄せた現場周辺の個人宅の防犯カメラ等も再度徹底的に確認した所、死亡推定時刻の範囲内で白木場の姿を捉えた映像が発見されたのだ。
理恵の所持していたスマホの分析結果から、事件が起こる前に何者かと例のアプリで通信していたと思われる記録が残っていたと分かっている。犯人がそこでドアを開けるよう指示した可能性は指摘されていた。もちろん内容は残っていない。
だがもしそれが白木場からだとすれば、彼のスマホを押収し通信履歴を辿れば一致する確率は高い。中身は不明でも見知らぬ相手であるはずの彼女と何故接触したか追及すれば、答えに窮するだろう。
さらには吾妻瞳がさらわれた場所近くの防犯カメラで、白木場の車が映っていた。それだけでは彼の犯行と断定できないが、彼女のスマホにもさらわれたと思われる時間帯に、何者かとの通信記録が残っていた。これも白木場のスマホの発信履歴と合えば、状況証拠としてはかなり有効なものといえる。
他にも判明した点があったという。これまで警視庁サイバー課では闇サイト運営者が複数の海外のサーバを通じている為、足取りを辿れなくしていると分かっていた。
だが的場によれば白木場が現在住む場所からだけでなく、かつて住んだ場所で使われたと思われる回線を辿ったところ、いくつかの会社のサーバを経由し様々なアクセスを行っていた事実が明らかになったらしい。
というのも彼は所在を掴ませないよう、他人または複数の会社のパソコンをハッキングし、バックドアを仕掛けていたようだ。その裏口を使い様々なサーバにアクセスし、複数の相手と接触する手法を取っていた。
「だから警視庁サイバー課では全てではないが、いくつかのバックドアに罠を仕掛けた。今後白木場がそこを通じ何者かと連絡を取れば、それが誰かまで辿れる」
素人の並木には良く分からなかったが、白木場だけでなく協力者又は実行犯となり得る人物特定が可能になるという。それだけで一網打尽はいかないが、関わった相当数の人物達を逮捕できるだろう。よって一連の事件の全貌を明らかにする突破口となりそうだ。
既に接触した何人かの所在を掴み、その人物達がどの事件に関わった可能性があるかの捜査まで行っていると彼は言った。情報提供をしていただけでは拘束は難しいが、実行犯となれば事情は変わる。そう説明を受け、並木は的場に敢えて尋ねた。
「かつての実行犯と連絡など取りますかね。通常ならリスクを考え、一度殺人を犯した相手とは接触を絶つと思いますが」
「絶対の自信を持っているのだろう。彼らは恐らく互いの面識はない。また実行犯側からは白木場の存在は辿れないはずだ。つまり彼だけが全ての情報を握っているに違いない」
これは以前から指摘されていた。大阪の例がそうだ。引き籠りの息子の暴力に苦しむ栗山の窮状を知った白木場の指示で息子を排除した後、神奈川の事件で実行犯となった。これは息子が死に例の金を受け取ってから、再び白木場と連絡を取っていたことを意味する。
そうして次々と事件を起こし関わった人物の弱みに付け込む、または思想の賛同者を利用して実行犯または協力者に仕立て上げたと本部は見ていた。けれどこれまでの捜査では依頼主となった人物から、サイト運営者に連絡を取る手段はないと分かっている。
つまり事件の主犯者だけがサイトに接触した人物の連絡先や居場所を把握し、一方的に連絡を取り指示していることを示唆していた。だが賛同する者や指示に従う者もいれば、中には逆らう者もいるはずだ。その一人が猪川理恵だったと思われる。
しかも彼女はさらなる被害者を生み出し、運営者の意図から大きく外れた。だから排除されたのだろう。そうしなければ、闇サイト運営に支障をきたすと考えたに違いない。
けれどその処罰を白木場自身が実行したのには、何か余程の理由があるはずだ。本来ならリスクを避ける為、裏方に徹して協力者や実行犯に指示を与えるだろう。だからこそこれまで全く証拠らしいものを掴めずにいた。なのにそうした原則を外れたのは何故か。
並木は当初、白木場が主犯でない可能性も疑った。けれど警視庁サイバー課からの情報では、彼以外の主犯格がいるとは考え難いとまで分かって来た。
もし彼をサイト運営者と誤認させていたなら、真の主犯は相当緻密な計算高い人物だ。そこまで裏をかかれたなら、並木達の手に負える相手ではない。だったら考えるだけ無駄だ。今はまず白木場を確保し犯罪を立証することが先決である。万が一主犯でなければ再度体制を立て直し、彼から辿る道を探るしかない。
そう思い直した並木は的場に質問した。
「それでは白木場に接触し任意同行を求めるのも時間の問題ですね。だとすればどのタイミングで動けばいいのでしょう。その指示はそちらから出して頂けるのでしょうか」
「その予定だ。彼と接触した人物の中で、一人でも実行犯または協力者だと断定でき逮捕状が取れる段階で身柄を確保しよう」
「なるほど。そうすれば殺人の共同正犯で、白木場の逮捕状も取れるという訳ですね」
「そうだ。そこから家宅捜索を行って所持品から過去の情報を入手し、また通信履歴等の開示請求をして繋がりを明らかにできれば、他の事件についても徐々に解明できるだろう」
「了解です。連絡をお待ちしてます。それまで私がしなければならない役割はありますか」
「岐阜の件は管轄が違う。そちらは白木場の逮捕後、岐阜県警に連絡を取り追及するしかない。そっちは猪川理恵刺殺事件についてだ。その案件の裏付けをできるだけ固めてくれ」
「こちらと的場さん達が掴んだ事件で立件できれば、死刑まで持っていけるからですね」
「ああ。そうなれば他の事件を隠しても無駄だと思わせられる。もちろん他の関係者が逮捕されないよう、庇うかもしれないが」
「あり得ますね。依頼と実行の二つの殺人を立証されれば、死刑になる確率が高まります。それに依頼だけでは死刑にならないでしょうが、中には未成年が含まれています」
「白木場が闇サイトを運営し一連の事件を起こしていたなら、動機は介護やDV等で苦しむ人を助けたいとの想いだろう。だとすれば関わった人達を匿ったとしてもおかしくない」
「私はその可能性が高いと思います」
「そうかもしれない。それでも罪は罪だ。しかも殺人という最も重い罪を犯している。どんな理由があろうとも、警察として許す訳にはいかない」
「分かります。私も介護で苦しんだ経験があり、白木場の立場とほぼ同じです。けれど一連の事件では依頼主が必ずしも救われるとは限りません。そう痛感するからこそ負の連鎖を止める必要があります」
「あの辻畑がそうだったな」




