第七章~並木②
「そうか。確かに以前から、大阪の事件の前に起こった事故や事件が、闇サイトの運営を始めたきっかけになっているはずだと主張していた話は聞いている」
「警視庁の捜査本部でも、そう見立てて調査していましたよね」
「もちろん。だが膨大で絞り切れなかった」
「そうでしょう。全国各地で起きた事故や事件でどこまで遡るかも見当がつきませんから」
「しかしその中から、白木場に目を付けたんだな」
「はい。私もそれを聞き、かつ二つの事件でアリバイが無いと分かり鳥肌が立ちました」
「執念が優ったとしか言えないな。捜査網や人員などかけられる労力は、我々と比べ物にならないはずだが」
「でもまだ白木場がホンボシと決まった訳ではありませんよ」
「しかし今聞いた内容や君が調べた結果からすれば、相当角度は高いだろう。警視庁に捜査本部が立って七年近く経つが、そこまで絞り込めた被疑者はいない」
「その通りです。私も半信半疑で調べていたのですが、捜査すればするほど白木場が主犯、または少なくとも一連の事件に関わった実行犯に近い存在だと思えてきました」
「だったらこちらも白木場の周辺を徹底的に洗う必要があるな。分かった。滋賀県警から十五年前の事故に関する資料を取り寄せるのはこちらに任せてくれ。県警同士でしかも詳細な情報を隠しての依頼なら、出し渋られる可能性は否めない」
「お願いします。ただ動くのは、的場さんを含めたごく少数に限定して頂けますか」
「分かっている。余り大げさに捜査をし始めれば、白木場やその仲間達に伝わる危険があるからな。そこは任せてくれ」
一連の捜査で余りにも証拠が掴めないまま次々と事件が起こる状況から、警察内部に内通者がいるのではと以前から噂されていたからだ。彼もそれを危惧したのだろう。
「白木場が使用しているだろうネット回線についての捜査もサイバー課に依頼するが、信頼できるごく一部の班でやらせるよ」
並木が依頼するまでもなかった。彼は経緯を把握した上で、そうした捜査が不可欠だと思ったらしい。さすがは警視庁捜査一課における優秀な刑事だ。話が早くて助かる。
「お任せします。私もこちらで限定された人員を使い、引き続き彼の周辺を洗います」
「お互い様だが、絶対に気付かれないようにしてくれよ。ところで情報提供者の方はどうする。先程の説明では、警察の協力は自分達だけで動いてからだと言っていたようだが」
「いえ、それだとかつてと同じ失敗を犯すでしょう。白木場に接触するなら任意同行をかけ家宅捜索令状を取るか、聴取の間に逮捕状を取り身柄拘束できるほどの証拠が必要です」
「一気に勝負をかけなければのらりくらりと交わされ、証拠隠滅を図られる可能性があるからな。分かった。そっちにはまだ俺達が動いていると知らせなくていい。アリバイなどの問い合わせがあれば、もう少しかかると時間延ばしをしてくれ。俺達はその間に証拠を集めよう。白木場との接触はその後だ」
頼もしい援軍を得て動きやすくなった。
その後県警刑事課で一連の事件を扱ってきた同僚とは別で、猪川理恵刺殺事件の捜査で組んだ所轄刑事に依頼し、白木場を監視した。その間、滋賀県警から取り寄せた十五年前の事故に関する資料を読み、現地に飛んで当時を知る刑事やその協力を得て周辺の住民からの聞き込みを行い、これまで得た情報の裏取りを行った。
並木は驚いた。聞いていたが読めば読むほど、調べれば調べる程に一連の事件との共通点が明らかとなった。白木場に目を付けたあの人の目に狂いは無かった。
もちろん闇サイトに関わる数多くの事件ばかりを主に取材し、共通点を探っていたからこそと思われるが、それは警察も同じだ。強いて言えば事件が長引いていた分、あの人のように専任で捜査している人材がいなかった点だろう。
当然だがあの的場でさえ他事件の捜査との兼任だ。東京という大都市を管轄する警視庁捜査一課ともなれば十数件にのぼるとはいえ、全国に散らばり起こる事件だけを追う為に人員を割く余裕はない。
並木も同様だ。所轄時代から絡んだとはいえ、昇進し県警刑事課に配属されてから多くの事件を担当し解決した。そうした実績があるからこそ刑事課に所属し続けられるのだ。
それだけでなく、事件にかける意気込みも違う。そこが白木場に辿り着けたかどうかの差だったのだろう。
とはいえそこまで及ばないにしても、並木だって一連の事件については決して他人事でなく思うところも沢山あった。闇サイト運営者がこれまで起きた全ての情報を把握しているなら、この手で逮捕し誰よりも先に入手しなければとは考えていた。
だが現実的にはどこにいるかも分からず、海外にいる可能性だってあった。よって内心ではまず無理だと諦めていたのである。けれど白木場の出現で思わぬ機会を手に入れた。
その上驚いたことに彼は並木の管轄内にいる。それなら警視庁などよりも先に手錠をかける権利を持つ。こんな幸運は無い。現に彼はこれまで滋賀、静岡、山口、埼玉、宮城、宮崎と住まいを変えていずれの地域の隣又は二つ隣りの土地で、事件は起きていたのだ。
しかしどの場所でも働いた形跡はないことから、年金が支給されるまで貯蓄を取り崩す生活を送っていたらしい。そんな彼がこのタイミングで名古屋にいる。いやここに引っ越してきたからこそ、猪川理恵や吾妻瞳といった例外的な事件が起きたのかもしれない。
それであの記者の目に留まったとも言える。共同戦線を張ると申し合わせはしたが、絶対に取り逃がせない。だから取り交わした約束を破り、的場に情報を提供したのだ。




