第六章~記者⑧
子供達に対する同情の声が上がり、殺されて当然の毒親と批難される一方、依頼主と考えられる子供を糾弾する声も多くあった。由衣は未成年の為に実名は公表されない。それでも被害者となった郷野や瞳の名前は新聞やテレビなどで大々的に流れた。よって少し調べれば誰が依頼主になったかは想像がつく。また名前や居所さえばれるものだ。
けれど他の下衆な三流記者のような、単なる暴露記事を書く馬鹿ではない。私はあくまで事件が起こった背景を中心に、念入りな取材で判明し明らかにできる事実だけを書いた。
被害者となった彼らが子供達に対し、どれだけ酷い仕打ちをしていたか。また郷野の暴力に気付きながら児童相談所等の対応が不十分で、さらに周辺住民でさえ見て見ぬふりをした点にも触れた。加えて当初警察が単なる事故死として扱った為、第二の事件が起きた責任を追求。現在の社会が抱える歪みが一連の事件を引き起こし、かつ未だこの負の連鎖を止められないと批難した。
こうした記事を第四弾までに分け、他のマスコミが掴んでいないまたは掴めない情報を織り交ぜ、それが大いに話題となったのだ。
私はこうした記事を書き買い取られた原稿料を元手に、次の事件を探る為に全国を渡り歩いた。そんな仕事を始めてもう数年が経つ。それでも未だ闇サイト運営者や実行犯を警察に突き出せるまでは至らない。しかし少しずつ近づいている感覚はあった。特に今回の件では大きな収穫があった。
世の中に完全犯罪などまず有り得ない。しかも同一犯でなくともこれほど殺人を繰り返せば必ず綻びが出る。その一端でも掴められれば、後は次々と引きずりだせるだろう。
そうなればいつかは主犯格が明らかとなり全ての事件が解決する。そう促すのが与えられた使命だと、長い間自分に言い聞かせてきた。またこんな取材ばかり続ければ、いずれサイト運営者に煙たがられ標的にされるかもしれない。しかしそれが狙いでもあったのだ。
邪魔者を消そうと動く実行犯を掴まえれば解決の突破口となる。これまでただの一人さえ生きたまま捉えられない警察より先んじられるだけでなく、そこまで辿り着けば確実にサイト運営者に近づけるとの確信があった。
一連の事件で依頼主の特定はある程度できている。だが特殊なアプリを使用している為、証拠は一切残してない。それはサイト運営者に絶対的な自信があるからだろう。
けれど実行犯がこれほど徹底して何の物証も残していないのはかなり特殊だ。逆に言えば、彼らにとって実行犯の逮捕こそ最も恐れている証拠ではないか。私はそう睨んでいた。
だから自らの命を懸け、積極的に一連の事件を扱った記事を書き目立つよう心掛けた。しかしこれまでは決定的な物証を掴めるほどの動きは見られなかった。闇サイト運営者達にとり、私の行動など脅威ではないのかもしれないと忸怩たる思いをしてきた。
その度に思ったのだ。次は必ず彼らを窮地に追い込む証拠を掴む。そうすれば必ず奴らは尻尾を出す。彼らを一網打尽にして事件に終止符を打つ。その結果、例え刑務所に入ることになろうとも構わない、と。
だがここに来てようやく道が見えてきた。その為私は由衣達が養護施設に入所したと確認し、この事件は一旦一区切りをつけようと判断した。よって次の作戦実行準備を始めたのである。というのも由衣達の動向を探りながら日々ネットを検索し、全国で関連性が疑われる事故等を調べていた。その中で目を付けたのが、以前記事を書き愛知県警を動かそうと企んだ猪川理恵の事件だ。
あれも今回のように他の事件とは事情が異なる。その上実行犯または情報提供者になり得る人物がまだあの地に住んでいることは、これまでの取材で把握していた。そこから導き出したのは、理恵殺害の実行犯が闇サイト運営を始めた創始者である可能性だ。
そうした推論は以前から持っていたが、岐阜の事件に関わりその想いは強くなった。何故なら二つの例外ともいえる事件には、闇サイトを利用して邪魔な存在を消したにも拘らず、子供が窮地に追い込まれるという共通点があったからだ。
猪川理恵は被介護者の母が邪魔で闇サイトを通じ殺人を依頼し大金を手に入れたが、一人息子をネグレクトしていた。これは由衣に対する瞳の取った行動とよく似ている。
一連の事件で、被介護者の殺害依頼をする人物の年齢は様々だが、多くは被介護者またはDVをする親を持つ子供だ。大阪で起こった栗山のような引き籠りの息子が殺された場合もあるが、全体から見ればレアケースだろう。
また滋賀における自動車事故で被介護者が死亡した為に大金を手に入れた、闇サイトの創始者ではないかと疑うあの人物なら、親などに苦しめられている子供達を助けたいとの想いが強いのではないかと予想していた。
そんな彼なら例え依頼が無くても身勝手な親は許さないと考えてもおかしくない。だから瞳や理恵を例外的に殺したのではないか。だとすれば、他人に任せずに自身が事件を起こした可能性も否定できない。そうした見立てを確かめようと、私は名古屋へ向かった。
それは目当ての人物がいるだけではなく、警察の手を借りる為でもあった。ここが勝負どころだと判断したのだ。これまで彼の存在は警察に隠してきた。だが今回は単なる記者のペンの力だけで追い詰めるのは難しい。法の裁きを下す為にはやはり捜査権が必要だ。
そこで愛知県警で最も古くから一連の事件に関わって来た一人である並木警部補に連絡を入れ、情報の提供を申し出た。彼は呼び出した喫茶店に約束通り一人で現れた。先に待っていた私を見つけると、軽く会釈をしてから近づき前の席に腰を下ろした。
「お忙しいところ、足を運んで頂き有難うございます」