第六章~記者⑦
私がここまで警察の取り調べ内容や事件経過を把握できたのは、独自の情報網のおかげだけではない。記者の立場ながら例の金という限定情報を知っていると警察関係者が把握していたからだ。その為告発者だと真っ先に疑われ、呼び出しを受け聴取されたのである。
「あなたの知る情報を全て教えて下さい」
岐阜県警刑事の二人組の内、面と向かって座った年配の男がそう言った。
「吾妻瞳の件を取材しているのは確かですが、記者は情報源を秘匿するのが原則です」
「ということは、県警の捜査本部に告発文を送ったのはあなただと認めるのですね」
「そんなことは言っていませんよ。そういうものが送られたから警察が動き、闇サイト殺人依頼事件だと睨んでいるのは聞いています。私も長年追いかけていますから」
すると横に立っていた若い刑事が怒鳴った。
「惚けるな。一連の事件では依頼した人物の元に金が届くと知るあんたが告発文を送り警察を動かした。そうだろ」
「何の証拠が合ってそう決めつけるのですか。告発文に私の指紋でもついていましたか。それに一千万円については警察だけでなくこれまでの事件関係者達なら誰もが知る事実です。その誰かが告発したのででしょう」
「ふざけるな。郷野が事故死した後、あんたが吾妻家の周辺を探っていたのは分かっている。そこで知ったんだろう」
「何を、ですか。一千万円が吾妻家の家の中にあるなんて、どうしたら分かるのですか」
ここで年配の刑事が彼を宥め、穏やかな声で質問してきた。
「だったら何故あなたは、事故死とされた郷野の件を取材したのですか。闇サイトに関わっていると知っていたからでしょう」
「そんな訳、ありませんよ。闇サイト殺人依頼事件を追いかけるのが私の記者としてのライフワークだというのは、あなた達もご存じでしょう。ただそれだけです」
「本当ですか。あなたが実行犯である可能性も考えられますよね」
そうした疑いの目が向くと予想はしていた。だが幸い私には郷野が事故死した時だけでなく、瞳が失踪し殺害されただろう時間帯のアリバイがある。それが確認できた為、危険を冒してまで告発文を出したのだ。
あの日の朝、彼女が出勤し子供達も家を出て、部屋の中に誰もいなくなった。だから子供達の帰宅まで盗聴しなくていいと判断した私は、場所を移動しネットカフェに籠った。食事をし、これまでの動きを記事にまとめる作業や調べ物をする為にも適した環境だからだ。その店にいた昼の二時過ぎまでは、店の従業員の証言や防犯カメラなどで証明できる。
ちなみに瞳を殺した実行犯は、その間にアパートへ忍び込み例の金を隠したのだろう。またそれを発見した由衣も二度目だった為、声を出さず黙っていたようだ。その為盗聴録音していた私も置かれたと気付けなかった。
またその後コインパーキングに戻ったがそこにも防犯カメラはあり、姿が捉えられていた。よって私が瞳を拉致し当日に殺すのは不可能なのだ。恐らく私に任意同行をかけるまで、警察は調べていたはずである。その証拠に刑事の言葉から本気が感じられなかった。
だから笑って首を振った。
「アリバイ証明ならできますよ。それより一連の事件で厄介なのは、一千万円の現金が被害者宅にある不自然な状況を警察が把握しない限り、闇サイト殺人依頼事件と紐づけできない点です。だから私は全国各地を駆け巡り、見落とされた事故や事件がないか探してきました。その一つとして郷野の死が怪しいと睨んだ。それだけですよ」
理解したらしい刑事は頷きながら尋ねた。
「殺された被害者やその子供達が、郷野からDVを受けていたと知った為ですか」
「その通りです。これも釈迦に説法でしょうが、一連の事件のもう一つのキーワードは介護やDV等に苦しむ家庭でこの人さえいなくなればと願い、思われる人物の存在です。なのに警察は郷野の家庭事情を碌に調べず、単なる事故死と判断した。だから私が取材せざるを得なかったのです」
私の言葉を受け、彼らは苦い顔をした。告発文により明らかになったせいで、闇サイトに関わる事件を見落とさないよう号令を出した警察庁から、恐らく岐阜県警はなんらかのお叱りを受けたはずだ。そこを突かれたからだろう。失点を取り返すべく何としてでも今回の事件解決の糸口を見つけ、汚名返上したいと考えているらしい。その為に私から情報を引き出そうとしているのだ。
けれどそう簡単に渡せるはずがなく、当然告発状を送った件も認められない。もしばれれば不法侵入や盗聴の罪で逮捕されてしまうからでもある。
しかし事件を解決にはやはり警察の力が必要だ。捜査協力はしたい。と同時に彼らが握る情報も得たかった。そこで追及をかわしつつ取材で得た情報を小出しにし、交換条件として捜査の進捗状況を聞き出した。
警察もつまらない罪で私を逮捕するより、闇サイトに関わる情報を上に報告する方が得だと判断したのだろう。それに今回はこれまでにない案件だ。同じ依頼主により二人が殺害され、合計二千万円を受け取った例は初めてである。
そうした新たなケースの情報を吸い上げられれば、一連の事件捜査に役立つだけでなく、解決に向けての新たな一歩になる可能性もあった。その為彼らの口は想像以上に軽かった。よって私も出せる情報は提供したのだ。
もちろん聴取は任意で逮捕もされなかった。やがて解放された私は、他のマスコミが掴んでいない内容で記事を書き、雑誌社に売り込み反響を呼んだのだ。
当然だろう。ただでさえ闇サイト事件に対する世間の関心は高い。その中で初めて両親が同じ依頼主に殺されたのだ。また被害者の一人が家族にDVをしており、もう片方がその死によって得た金を子供から取り上げ、育児放棄に近い対応をしていたのである。




