第六章~記者⑥
音は盗聴器で聞き分けられる。そこで由衣達が部屋を出た事を確認し、その日の第一便が回ってくるのを待った。すると予定していた時刻に、宅配便の車がアパート周辺に停まった。運転席から降りた業者は荷物をいくつか取り出し、一つ一つと近所に届け始める。
もし荷物が無かった場合でも問題はない。彼らが通り過ぎた後に業者の振りをして部屋に近づけばいいだけだ。帽子を目深にかぶれば、誰かに遭っても不審者だとは思われない。
この数カ月余りの盗聴で培った経験を活かし、耳を澄ませ音だけでタイミングを計る。どうやらアパートには一軒だけ配達をしたようだ。
そこで素早く車を降り、由衣達の部屋に駆け寄った。幸い誰も外には出ていなかった。早速手袋を嵌めた手で、懐から取り出したピッキング道具をドアの鍵穴に差し込む。既に試していたおかげで直ぐに開いた。
サッと周囲を見渡し誰もいないと確認し、中に入ってドアを閉めた私は、事前に叩き込んだ間取りを頭に浮かべ、真っ先に由衣達が使う部屋へ入った。例の金を隠すとすれば、いなくなった両親の部屋やリビングでなく、妹弟がいるとはいえ自分のテリトリーだろうと推測したからだ。
高校生の由衣が優先的に使用しているらしき机があった為、最も大きな一番下の引き出しを抜いて覗く。するとそこには不自然な紙袋が置かれていた。
思わずニヤリとする。狭い部屋の中の隠し場所などある程度限られる。机があれば鍵のかかる引き出しか、その奥の空間が最も怪しい。後はクローゼットなどの奥に仕舞い込むくらいだ。
念の為、紙袋を取り出し中身を見た。当たりだ。重ねられた札束があり、ざっと見て一千万円あると分かった。だが一発で探し当てたと喜んでいる場合ではない。
金を袋から出し床に置き、机などその部屋だと分かる角度で写真を撮り終えてから元に戻す。これでもう用はない。盗聴器も外そうとコンセントを抜きポケットに仕舞う。それから耳を澄ましゆっくりとドアを開け誰もいないと確認し、外に出て鍵を閉め直した。
こうすれば警察の鑑識が詳しく調べない限り、忍び込んだ形跡は残らない。車に戻り駐車場の清算を済ませ素早く立ち去った。
その後警察の捜査本部宛に匿名で由衣の部屋に大金があり、闇サイト殺人依頼事件の関与の疑いがあると告発文を送った。加えて瞳の口座にもここ最近で合計一千万円が預けられている点や、そこから郷野は事故死でないだろうとも書き添えたのである。
一千万円というキーワードは、ある一定の関係者しか知り得ない事実だ。しかも警察庁から全国の警察署に通達が渡っていたからだろう。その為殺害された被害者が怨恨など何らかのトラブルを抱えていたかを調べる為との名目で、岐阜県警は由衣の部屋を含めた家宅捜索令状を取った。そこで告発通り例の金が発見されたのである。
さらには瞳の銀行口座も調べ不自然な預け入れを発見し、その合計が告発通りと判明。よって警察は金の出処を由衣に問い質した。置かれていた場所からも隠す意図があったのは明白だ。
しかも両親がいない中、高校生がそんな大金を現金で所持している事自体、説明が付かない。その上郷野が事故死し、母親が殺害されるまでの間に一千万円もの臨時収入があった点も疑われた。その点に関して同じく何か知っているだろうと追及したようだ。
当初は惚けていたようだが、闇サイトについて質問が及んだ時点で観念したのだろう。郷野を殺してしまいたいとの書き込みを認め始めた。そこから闇サイトの誘いに乗り、殺害依頼すれば大金を受け取れると知らされたと証言した。
半信半疑だったが郷野が事故死し、指示通りアパートのドアの鍵を閉めないでいたら、例の金が机の引き出しの奥に置かれていたので本当に殺してくれたと喜んだ。
けれどその金を瞳に見つかり、何だと問い詰められた。そこで闇サイトの件を告白したところ、絶対に黙っていろと言われ取り上げられたそうだ。
その後金は由衣のもので、将来の大学進学の為等に使うから返せと言ったが拒否されたという。しかも高校卒業後は働き、これまで通り妹弟達の面倒を看ろとさえ言われたそうだ。
もし拒むなら郷野を殺したのはお前だと警察に通報すると脅された。世間では同じ様に苦しむ家庭で闇サイトを使った殺人事件が全国で起こっていると、その時教えられたという。由衣はその事実を知らなかったらしい。
それで恐ろしくなり、しばらくは従っていたがやはりおかしいと思い直し金を返せ、少なくとも大学に行く学費に使いたいと迫った。もし警察に捕まっても未成年で、直接殺してないから罪は重くならないはずだ。
けれどそうなったら母親だってただでは済まない。殺人者の親として後ろ指を指され続けるだろうし、陽菜や翔馬も苛めに遭う。
由衣はそう脅し返したが聞き入れられなかった為、再びサイトに母親を殺して欲しいと書き込んだ。するとまた反応があり、以前と同じく指示通り聞かれたように答えていると母親がいなくなったという。
またその日前回同様鍵をかけておかなかったら、同じ場所に一千万円が置かれていたそうだ。そこでまた闇サイトの人が助けてくれたのだと、由衣は泣きながら供述したらしい。
その供述はかつて神奈川の少女が供述した内容と、ほぼ似通っていたようだ。しかし以前より相当進化したアプリを使用していたからか、彼女のスマホを分析しても全く証拠は掴めなかったという。
そうなると十六歳で刑事責任が問えるとはいえ、彼女の自白内容だけで立件は困難だと再び判断された。
何故なら郷野を殺すよう本当に依頼したとしても、彼は既に事故死として扱われている。警察の捜査でも第三者の犯行という証拠は発見できていない。
また瞳の事件も、死んで欲しいと願ったから彼女が連れ去られ殺されたと証明するのは困難だ。唯一言えるのは一千万円の現金が家に置かれていた為、一連の事件に関与している可能性が高いだけである。
この時点で事例は全国で既に十数件ほど挙がっていたが、いずれも逮捕者はでていない。つまり立件できたケースが無い為、捜査の続行をして実行犯を追うしかなかった。




