第六章~記者④
そうした行動は報われた。というのも重要な情報が手に入ったのだ。盗聴を開始して三日目の夕方、私が睡魔に襲われ車内でウトウトしかけていた際、由衣と瞳が声を押し殺して言い争う声で目を覚ました。基本的に全て録音はしていた為、気が緩んだ瞬間だった。
耳を澄ませ聞いていると、内容は明らかに例の金の話だった。
「私のおかげで手に入ったお金なのよ。少しくらい、使ったっていいじゃない」
「それは駄目。もし警察に見つかったら、あなたは殺人犯として逮捕されるかもしれないのよ。一度使い始めたら止まらなくなる。そうしたら絶対に怪しまれるでしょう」
「そんなに使わない。欲しい服があるから、それを買うだけ」
「絶対に駄目。しばらく時間を置いてでないと、あのお金は使わせない」
「何の権限があってそんなこと言うの」
「母親だからに決まっているでしょう」
「何が母親よ。私があの男に殴られ襲われたのも知っていたくせに、見ぬ振りをしたあんたなんか母親を名乗る資格なんてない」
核心を突いたからだろう。瞳は絶句していた。ここでようやく由衣が郷野から性的暴行を受け、彼女が闇サイトに殺人依頼し例の金を手にしただろう実態が明らかとなった。
予想通りだったが問題はここからだ。どうやら家に妹や弟はいないらしい。私が油断している間、二人は近くの公園かどこかへ遊びに出かけたのだろう。母親は非番のようだ。
由衣はその隙を狙って母親に対しこれまで言えなかった不満を口にしたと思われる。こうした行動がエスカレートすると危険だ。
案の定、優勢になった由衣が罵った。
「だから返せ、この泥棒野郎。もしそのまま自分のものにするつもりなら、私が警察に通報する。あの男を殺すよう依頼したのはあんただって。全国で似たような事件が起きているみたいだから、絶対に捕まるはず」
「何言っているの。そんな事をしたら逮捕されるのは由衣よ」
「最悪そうなっても、私は未成年だからなんとかなる。でも警察がどっちを信用するかと言えば絶対私だと思う。実際、職場ではあの人を呪い殺したと噂されているんでしょ」
「だ、誰がそんな事を」
「同級生にも病院の関係者はいるの。他の看護師達がそんな話をしていたって聞いた。それだけ疑われているのは信用がない証拠でしょう。しかもあの男が死んでから、やたら機嫌がいいとも言っていたけど」
「そ、そんなはずないじゃない」
「嘘ばっかり。お母さんだってあの男に殴られていたでしょ」
「声が大きい。静かに話しなさい」
「今更聞かれたって構わない。事実だし、両隣や近所の人達もとっくに知っている。役所や児童相談所の人達だって絶対に気付いていたと思う。それなのにあなたと同じで、知らない振りをした。だから私が消えるようお願いしたのよ。あの人が死んだのは、お母さん達や他の大人達が悪いからじゃない」
「もういい。この話は終わり」
そう言って離れようとする彼女を、由衣は追いかけたようだ。
「待って。お金を返して」
「駄目だってば。あれは絶対に見つからない場所へ移して隠したから。もちろん家の中じゃないわよ。だから探しても無駄。時間が経って少しずつ銀行に預ければ、疑われなくなる。それまで絶対に手を付けられないの」
そこで会話が途切れた。瞳が由衣を振り切ったらしい。諦めた彼女は舌打ちをして子供部屋に入り、床に寝転んだと思われる。その後うっすら音楽が漏れ聞こえて来た。どうやらスマホか何かを使い、イヤホンを嵌めて大音量で聴いているようだ。
私は先程の会話を聞き、瞳が家から持ち出した例の金の在処を推測した。銀行にまだ預けていないのなら、現金のまま保管しているのだろう。だがそんな大金を、部屋の中以外で安全に隠せる場所などそう多くない。
まず考えられるのは、彼女が勤める病院のロッカーだ。ただどんな構造になっているか知らないが、絶対に誰も開けないかと考えた場合、決して安心はできないと思われる。
そうなると可能性が高いのは有料ロッカーだと考えた。あれならある期間は鍵を持つ自分以外、まず開けられない。もちろん期限があり延長にも金がかかる。だが一定の冷却期間が終わるまでと考え大金の額からすれば、その程度の出費は痛くも痒くもないだろう。
それでも値段が安いに越したことはない。また何かあった際にいつでも取り出せる場所を選ぶと思われる。ならば家から病院へ通勤する間の確率が高い。
そう予想した私は翌日、瞳が家を出るのを待って跡をつけ、その道中にあるロッカーまたはそれに類する場所を探したのだ。するとここではないかと目を付け発見したのは、通勤途中にあるショッピングモールの外の有料コインロッカーだ。小型だと一日三〇〇円かかる。
そこで瞳の尾行を一週間続けた所、例のロッカーに寄り金を追加、または紙袋を取り出しては別に移す様子を捉えたのだ。その大きさから間違いなく例の金だと推測できた。
この時既に、事件から約一ヶ月が経過していた。その為いつまで続けるのかと訝しみ、由衣との口論からすればそろそろ銀行に預ける頃かと思っていた。
すると予想通り彼女は度々袋から一部を取り出しATMに寄り始めた。恐らく少額ずつ預入をしたと思われる。やがて一カ月で全額預け終わったらしい。その間にも瞳と由衣の口論は何度か続いた。
ちなみに私は瞳と由衣がいない隙を狙ってアパートの管理業者を装い、留守番をしていた陽菜を上手く騙し部屋に入った。そこでテレビ裏のコンセントに新たな盗聴器を仕込んだ。おかげで半永久的に盗聴が可能となっていたのである。
ピッキングが出来るか、夜遅く事前に開けられるよう試して成功はしていた。しかし後者の方がリスクは高いと判断してからだ。もちろん彼女達の取材はこれだけでない。
由衣がどんな行動を取るかも当然同時に探った。そこで分かったのは、彼女がまた何やらサイトに書き込んでいることだった。何をどのように記載しているかを、私もネットで何度も検索したが突き止められなかった。隠しカメラでも設置出来ていれば、彼女のスマホを覗き見てアカウントなどを把握できただろうが、そこまでは無理だった。
それでも私は楽観視していた。度々母親と衝突していたが、力ずくで何かしようというほど怒りを爆発させる喧嘩はしていなかったからだ。
これでサイトに愚痴を書いて憂さ晴らし出来ているなら最悪の事態は免れる。彼女が高校を卒業して引っ越しをする機会が来るまで、新たな動きはないだろう。それならばと、私はある思惑を実行に移した。
この作戦が上手くいけば彼女達の監視を終えられ、事件解決に向け大きな一歩が踏み出せる。そう考えたのだ。しかし盗聴開始から約三カ月が経過したある日、大きな動きがあった。なんと瞳が失踪したのである。




