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第五章~尾梶⑧

「これから、どうしますか」

 顔を伏せたままの彼は答えた。

「尾梶はどうすればいいと思う」

 言葉に詰まったが何とか答えた。

「幸いこの件は私達しか知りません。辻畑さんが黙っていろというなら従います。私も共犯です。既に警視庁から届いたリストを削除する細工をしていますから」

「それは俺の指示だったと説明すればいい。あくまでこの件は俺が単独で始めた作戦だ。尾梶まで巻き込むのは本意じゃない。しかしまだ頭の整理がつかないというのが本音だ」

「それはそうです。お母様が亡くなられたばかりですから。明日は告別式です。それから火葬もしなければいけませんよね」

「ああ。だからそうした行事が済むまで少し待ってくれないか。本当だったら、この話も黙っておけばよかったのかもしれないが、どうしても一人で抱えられなくて尾梶にだけは伝えたかった。朝電話した時は我慢できたんだがな。すまない。勝手な話ばかり言って」

「いえ、分かります。ただ今は混乱しているだけです。もう少し時間を置いてから考えませんか。忌引き休暇は取りますよね。せめてそれが終わってからでも良いでしょう。実行犯を逮捕する捜査は継続中ですから」

 まだ何か言いたげだったが、自分を納得させるように彼は首を縦に振りながら言った。

「そうだな。分かった。遅くまでありがとう。また連絡する」

「お待ちしてます。明日の告別式も出るつもりですが、いつでも連絡をください」

「ああ。その時は宜しく頼む」

 彼は頭を下げ、葬儀場の建物の中へと戻っていった。その後ろ姿を見送った後、尾梶は最寄り駅に向かって歩き出した。

 翌日、中川署管内で窃盗事件が起こった為、尾梶は告別式には出られなくなった。それでもあと数日すれば連絡があるだろうと待っていた。だが一週間経っても彼からの電話は鳴らなかった。こちらからかけてみようかとも思ったが、こういう時に限って忙しくなるものらしい。日々の業務に追われる内に時間が過ぎ、あっという間に一カ月が経過した。

 そこで妙な噂が耳に入り、尾梶は驚いた。どうやら辻畑が退職届を出したというのだ。刑事課にもおらず理由は一身上の都合でとしか分からなかった為、問い質そうと電話をかけたがすぐ留守番電話に切り替わってしまう。何度掛けても出なかった為に伝言を残したけれど、折り返しもされない。メールも送ったが返信されないままだった。

 これは直接捕まえて確認するしかないと思っていた時、課長から会議室に呼び出された。しかもここ最近、完全に捜査は行き詰り動きのない闇サイト殺人依頼事件について、と言われたのだ。先日、警視庁の的場に通常の定期連絡と、進捗確認をしたばかりだった。

 その際リストの話題も出たが、特別な動きは無いという県警サイバー犯罪課からの情報は伝えている。警視庁や他道府県も同様と聞き、こちらだけじゃないと安堵したばかりだ。 

 あれから何か動きがあったのかと思ったが、課長が口にしたのは意外な言葉だった。

「話は聞いた。君も大変だったな。でも安心しろ。県警の刑事課長や本部長からも、尾梶の責任は問わないと結論が出た。よって引き続き、一連の事件における警視庁等との情報交換窓口は君が担当だ。但し県警の担当者は変わるがまだ決まっていない。まあここ最近、実質君一人でやっていたようだから問題ないだろう。ただ形式上県警刑事課と連携しての捜査だから、後任は必ず用意する」

「ま、待って下さい。どういう意味ですか。辻畑さんが変わるのですか」

「何だ。聞いていないのか。彼は今月末で退職する。表向きは一身上の都合だが、実際は責任を取っての辞職だ」

「何の責任を取って、」

 課長は戸惑う尾梶の言葉を遮った。

「隠さなくていい。闇サイト運営者に接近する為、囮捜査をしていたと彼自身が上に報告している。その一部始終のやり取りのメモや、サイトを撮影した写真なども提出された」

「辻畑さん自らが、ですか」

「そうだ。途中から君に報告していた件も聞いた。警視庁より送付されたリストから彼の分を削除したのはまずかったが、県警本部刑事課の警部補が巡査部長の所轄刑事に指示したんだ。断れなかったのも無理はない。だが実際のやり取りは把握できたからお咎めなし、と判断された」

 通夜の日、尾梶まで巻き込むのは本意じゃないと言った彼の言葉を思い出す。連絡をすると言いながら、こちらの電話にも出なかったのはこういうことだったのかと腑に落ちる。

 だが絶句していると課長が話を続けた。

「本部に報告せず、単独行動をした彼の行為は明らかに誤りだ。囮捜査も許されない。ましてや自分の親の命を懸けたんだからな。しかし経緯を確認し、闇サイト側に刑事だと見破られた上で轢き殺されたとなれば、他の事件と同じ扱いにできないのも事実だ。それに彼がもたらした情報は、今後の捜査に役立つ部分もあった。そうした警視庁サイバー課から出た見解も考慮されたおかげで、懲戒免職にはならなかったんだ」

「ち、ちょっと待って下さい。辻畑さんが囮捜査していたと知りながら、私も黙っていたのは確かです。しかし彼の残したメモはあくまで手書きでしたよね。それだけで上や警視庁は信用されたのですか。万が一の場合に備え、私にも同じメモを渡して後に供述するよう言われていました。でもそうした聴取はされていません」

 通常なら警察の中の警察である監察官が調査するはずだ。しかし課長は首を横に振った。

「する予定だったが、彼は君にコピーを渡す様子やその時の会話を隠しカメラとボイスレコーダーで残していた。その映像と録音だけで十分だと上層部は判断したらしい。私も見せて貰ったが、君はあくまで第三者の証人として利用されただけだと分かったよ」

 気付かなかった。だが恐らく彼は全てを渡していないのだろう。都合の悪い部分を削除したに違いない。そうでなければ、尾梶も積極的に関わっていたと判断されるはずだ。また上層部も問題を大きくしたくない為、その可能性に気付きながら黙殺したと思われる。

 彼は一人で全ての責任を背負う為にそう細工し、上に全てを報告し取り調べを受けている間は、尾梶を避けていたのだろう。なんという律義で馬鹿正直な人なのか。

ただそれだけではないはずだ。過ちだったとはいえ、母親が殺される機会を作った事実は消せない。そうした罪悪感もあり、警察を辞めることで一つけじめをつけたのだろうか。

 当然これで終わらない。彼は一生十字架を背負ったまま、これから生きていかなければならないのだ。その覚悟ができたからこそ、尾梶には何も言わず去ろうと決めたのだろう。 

 正直水臭いというか、自分勝手な行動だと思った。辻畑はそれでいいかもしれないが、残された尾梶の感情はどうすればいいのか。それに無理やり手伝わせたとの言い分を、課長を含め上層部や警視庁の的場達が鵜呑みにしたはずがない。そこで尋ねた。

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