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第五章~尾梶③

 さすがに放棄の指示までは法的拘束力がない為、伯父達は反発し受け入れなかった。けれどその他は遺言書通り配分された為、母や尾梶達は伯父達と完全に関係を断ったのだ。

 彼らとの付き合いなど元々ほとんどなかった為に影響はない。だが良い事ばかりではなかった。何故なら条件が付けられていたからである。将来祖母が体を悪くした際を含め、全ての面倒を看るというものだ。

 当時尾梶には将来結婚したいと思いを寄せる女性がいた。その為彼女にプロポーズする際、そうした背景を含め将来背負うだろう苦労について説明をした。断られるかと戦々恐々としたが、彼女は了承してくれた為に祖父の死から二年後に結婚をした。それが砂羽だ。

 それからしばらくはごく普通の幸せな新婚生活を送っていた。しかし年月を経て年老いた祖母が体を悪くしてから様相は一気に変わった。

 それまでは健康で一人暮らしが気ままで良いと祖母が言った為に別居していたが、祖父の遺言に従い同居して介護が始まった途端、揉めてばかりになった。あれ程優しかった祖母の性格も、思うように動かない体となったからか、砂羽に厳しく当たり始めたのだ。

 それは他にも原因があった。ストレス発散から酒に嵌り、人が変わったと思う程暴れるようになったのである。これは未だ辻畑にも告げていないことだ。

 当時尾梶達には娘の(つばさ)が生れ、当初祖母はひ孫をとても可愛がった。けれど古い考えに固執し、家の名を継ぐ男の子が必要だと言い出した。妻ともあと一人欲しいと話し合ってはいた。それでも子は天からの授かりものだ。そう易々と手に入れられるものではない。 

 また妻にはやや不妊症の気があったのも影響した。男子どころか妊娠まで至らなかったのである。そうなると思い通りにいかない祖母の怒りはさらに増し、嫁と祖母のバトルが始まる。しかもそこに目を付けた伯母と従兄妹達が間に入り、更に問題は拡大した。

 それまで長い間、顔すら見せなかった従兄妹はそれぞれ結婚して子供を産んでいた。しかも両方男の子だった。よって家の名を継げない尾梶達に代わり、祖母の面倒を看るとまで言い出したのだ。彼は手に入るはずだった遺産を取り返そうとしたのだろう。

 けれど祖母も馬鹿ではない。人間関係が出来ていない、また明らかに遺産目当ての孫夫婦と今更暮らすなど無理だと突っぱねた。その上従兄妹間でもどちらが祖母の面倒を看るかで足の引っ張り合いをした為、見苦しい争いに巻き込まれうんざりしていたのである。

 しかし実際の生活では妻と祖母の関係が悪化したままだ。また尾梶はその間に挟まれながらも交番勤務から念願の刑事になり忙しく、家へ帰れない日々が続いた。よって二人を取り持つ時間すら持てなかった。そうする内に妻がどんどんと病んでいく様子が分かった。 

 そこで尾梶は一番大切なのは祖母でなく妻子であり、何とかしなければと考えていた。祖母と縁を切り、遺産放棄も覚悟で意見をしようとしたこともある。けれど妻が拒んだ。 

 結婚を申し込まれた際に覚悟の上で承諾したから、今更無理とは口に出来ないと言い張った。よって板挟みに遭い、苦しみながら日々の仕事に没頭し現実逃避する毎日が続いた。

 けれど祖母が外出したある日、運転操作を誤った老人男性の車に撥ねられたのだ。

 運転手は飲酒をしており、その場で現行犯逮捕され刑務所に送られた。それでも加入していた自動車保険で賠償金は支払われ、それらを含めた遺産は祖母が弁護士に預けていた遺言書に従い、祖父の時のように尾梶達夫婦と娘が多くを受け取った。

 伯父はさすがにもう諦めていたようで、遺留分である八分の一でも配分されただけで御の字だと素直に受け入れた。けれど悔しがったのは伯母と従兄妹夫婦達だ。もし事故死しなければ、愛想を尽かした尾梶達が祖母を捨てていたに違いない。そうすれば従兄妹夫婦のどちらかがその後釜になれた。遺産も多く受け取れたはずと言い続けた。

 仮にそうなっていたら、伯父と同じく八分の一しか受け取れなかった伯母は、尾梶達に代わり四分の一以上の遺産を相続できた可能性は高い。また相続権のない従兄妹夫婦達のどちらかは尾梶が受け取った四分の一以上を手にしただろう。それは税金を払っても数千万円残るほどで、決して少なくない額だ。

 そう考えれば騒ぐ気持ちも理解できなくはない。だがその代償としてどれだけ辛い目に遭ったかを妻の立場で思い返せば、尾梶も決して譲れなかった。金はあって困るもので無いと言われるが絶対にそんな事はない。あったらあっただけ、恩恵と同等もしくはそれ以上の反動を受けなければならなかった。

 尾梶の場合は、祖母の死後も止まない誹謗中傷に耐え切れなかった妻が、精神を病み寝込んだことだ。その上まだ十二歳で多忙で不甲斐ない父の代わりに家事をしつつ母の世話を押し付けられた娘の苦悩である。

 祖母の死から一年が経ち、弁護士の奮闘や妻の病もあってようやく相続の手続きは終わった。だが祖母を失って得た解放感を味わう余裕など未だに無い。妻はまだ一日のほとんどを寝室で過ごしている。娘も学校が終われば友達と遊びもできず家に帰り、掃除や洗濯と食事作りに追われる毎日だ。

 尾梶は少しでも負担をかけないよう、家にいる時に限り朝食だけは妻や娘の分も作った。それでも帰宅出来ない日は少なくない。遅くなることもある。よって昼食はもちろん、夕食はいらないと娘には伝えた。

 なので夕飯を作ってやれるほど早く帰宅できる場合を除いては外食ばかりだ。どうすればこの苦難の日々から逃れられるのか。遺産があるので遮二無二に働く必要もない。よって警察を辞めて専業主夫になり妻の介護に専念しようかとも考えた。もしくはもっと時間に余裕がある仕事を探すのも良いだろうとまで思った。

 しかし刑事の仕事に未練があり、踏切りがつかなかった。また辻畑との出会いも影響している。彼は尾梶のような所轄刑事でなく県警刑事課に所属しつつ、妻に出ていかれながらも男手一つで母親の介護をしていた。そんな愚痴を耳にし、現在進行形で苦しむ姿を見てあんな人になりたいと憧れたのだ。

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