表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/78

第五章~尾梶②

 相当気にしていたのだろう。尾梶は冷静に答えた。

「いえ、マンションも家にもありませんでした。確認した写真を送信しておきますね。設置されていたカメラの映像はこれから確認します。ただ人が映っていたとしても、怪しい人物かどうかを判断するのは難しいと思います。ただ念の為、見て確認した後、データで送信しておきましょうか。それともこれからどこかで合流した方がいいですか」

「そうか。データだけ送ってくれ。会う時は連絡する。カメラもそれまで預かって欲しい」

 明らかにホッとした様子でそう言い、力が抜けたのか早口で指示した彼は電話を切った。

 尾梶は一旦自宅に戻ろうと車を発進させ、運転しながら色々と考えた。一千万円が無ければ、今回の事故は単なる偶然と判断するしかない。

 ただタイミングは余りに不自然過ぎる。彼が心配したのも無理はなかった。今は突然の状況に狼狽しているが、時間が経てば落ち着くだろう。そうすれば、あれだけ苦しんできた介護から解放されたのだ。不幸中の幸いと考えられるかもしれない。

 ここ数日は余り聞かなかったが、少し前までは精神的に相当追いつめられていた。警視庁サイバー課にも目を付けられたあの書き込みは、囮捜査の為だけと思えない深刻さで真に迫った内容だった。

 それまでも直接母親との確執や介護の苦悩は耳にしてきた。昨年まで似た境遇にあり共感できたからこそ赤裸々に語ってくれたのだろう。

 尾梶も早く死んでくれと何度思ったか。幼い頃は良かった。とても可愛がってくれる優しい大好きな祖母だった。だが成長するにつれ、決して無償の愛ではないと気付き始めた。

 母方の祖父母が裕福だったおかげでいい思いをしたのは事実だ。会いに行く度に出される菓子や食事等、一般家庭では滅多に食べられないものを口にし、小遣いも沢山貰った。 

 ちなみに父方の祖父母はやや貧しかった。よって盆や正月でもほとんど顔を出さなかった為、記憶はほぼ無い。今思い返すと父だけが帰省していた気がする。

 母方の祖父が亡くなった後は目に見える利益を手にした。地元中小企業に勤める会社員のしがない家庭で育ち、その頃県警に就職し働いていた尾梶は相続対策の名の元に、間違いなく身分不相応な資産を受け取ったのだ。

 しかし当然諍いは起こった。世間でよく言う醜い相続争いである。母は三兄妹の末っ子だったが、要領が良かったのだろう。尾梶同様、祖父母から可愛がられていた。けれど長男である母の兄の家庭が子供に恵まれなかった事情もあり、祖父母とは疎遠になっていた。 

 特に祖母は子が産めない嫁などいらないとまで罵ったらしい。また長女の姉は二人の子宝を授かったにも拘らず、その夫を祖父母が嫌っていた為に距離を置いていたようだ。一流大卒で高給取りを鼻にかけた振る舞いが反感を買ったと聞いている。

 そうした上の二人を見て上手く立ち回ったのが母だ。結婚相手も祖父母が気に入る相手を選び、住まいも近くに構えた。その上尾梶を産む前から父と二人で頻繁に実家へ足を運び、下手に出て困ったことがあれば何でも引き受けていたという。

 尾梶を産んでからは孫の顔を見せる為、さらに足繁く通ったらしい。既にいた姉の息子が初孫だが、良好な関係でなかった隙を突くように同じく男の尾梶を祖父母へ差し出し面倒を看させた。実際結婚し娘を持つ親の立場となり痛感したが、やはり幼い子供は可愛い。それでも責任を持つ分、愛情のかけ方は慎重になる。

 けれど祖父母にとっては小さな玩具だったのだろう。初孫の世話が出来なかった分、溺愛したのだ。将来必要な教育費等も考えると、父の稼ぎだけでは家計が成り立たない。よって本来なら母もパートなど働きに出なければならなかった。だがそれを祖父母は許さなかった。孫を連れて来る事などを条件に、経済的支援をしてくれたのである。

 これは母の作戦勝ちだった。長男夫婦には出来ない孫の顔を見せ、姉夫婦には必要のない金を出させ、祖父母に幸福感と優越感を持たせたのだ。その為自らは働かずに済み、適度に子供の世話を焼かせ、疲れたり飽きたところで引き取る。その絶妙な塩梅が功を奏したのだろう。祖父母の持つ豊かな資産は段々と尾梶家に流れた。

 そうなると面白くないのは兄夫婦や姉夫婦で、当然不平等だと抗議し始めた。けれど祖父母にも言い分がある。縁遠くなっていた彼らより、近くにいる末娘夫婦とその孫を寵愛するのは自然で、それに見合った対価を払って何が悪いと一喝した。

 それが嫌なら同じく実家へ足を運び、同じようにしろと無理難題を突き付けたのである。そう言われれば何も反論できない。兄には孫がおらず、姉の場合は大きくなってしまった子供を連れて来ても、ほとんど会ったことのない祖父母になつくはずがなかった。

 物心が付き成長するにつれ様々な事情を察し始めると、ぎくしゃくした親族同士の関係は尾梶の生活にも影響を及ぼしだした。特に年上の従兄妹から敵視され何かと比べられた。 

 尾梶の運動能力は高いと祖父母が褒め称えれば、相手は学力の差を持ち出した。その為学校の勉強はそれほど嫌いで無かったが、どこの大学に進学するかといった競争を避けようと、高校卒業後に公務委員試験を受けて警察官になろうと決めたのだ。

 世の中には学力や知力、体力や財力など様々な力がある。その中で自ら持つ力は体力だけだった。しかし従兄姉達は学力、知力と財力もあり、将来医者や弁護士等になれば、社会的評価の高い名誉も手に出来る。よってそれらに対抗するには警察権力だと考えたのだ。

 やがて祖父が死亡した際、第一次相続争いが勃発した。だが祖父は生前から弁護士に相談するなどしてしっかり対策を練り、生前贈与も計画的に行いつつ遺言状も残していた。  

 通常の相続は配偶者の祖母が二分の一、母達兄妹三人で残りを三等分する為、それぞれ六分の一が取り分となる。けれど祖父母は伯父や伯母には内緒で尾梶と養子縁組を行い、子供の取り分をそれぞれ全体の八分の一となるようにした。さらに彼らの取り分を法定相続上最低限主張できる遺留分、つまり八分の一の半分、十六分の一ずつしか残さなかった。

 また浮いた四分の一は母と尾梶で分割し、その上最も相続額が大きい祖母の世話は尾梶にさせると決め、伯父や伯母には相続放棄するよう言い渡したのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ