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第四章~辻畑⑧

 やれることはやった。これでもしやり取りが続けば、そうした事情を説明し母が出歩く時を狙うよう指示すればいい。そこまで辿り着けば、実行犯の逮捕も期待できる。

 けれど闇サイト運営者は相当慎重な奴らだ。簡単に進まないだろう。だから出来る限り、少しでも情報を得られれば十分だと思った方がいい。ここまででもどんな手口を使い誘導したかはかなり見えてきた。一千万円というキーワードも引き出した。

 あとは交換条件をどう伝えるか、実行犯に繋ぎ殺害方法をどう決めるのかが知りたい。そこがさらに明らかとなり、これまでの事件で依頼主と思われる人物達の行動等を調べれば、何らかの証拠を掴む確率は高まる。

 辻畑はスマホを閉じ公園を出て本部へと戻った。早速やり取りを記したメモをコピーし、撮影したデータと一緒に尾梶へ渡す準備をしなければならない。その足取りは軽かった。

 午前中に引き続き事務仕事に追われていると、夕方近くに携帯が鳴った。廊下に移動し通話ボタンを押すと彼が先に名乗った。

「尾梶です。本部の駐車場につきました。今、宜しいですか」

「ああ。渡すものは準備した。少し打ち合わせをしたいが時間は取れるか」

「もちろんです。どこでしましょう」

「車で来ているならその中で話そう」

「いいですよ。お待ちしてます」

 どの辺りに停車したかを聞き一旦通話を切り、席に戻って同僚にちょっと出てくるとだけ伝え、渡すものを手に階下へ向かう。

 尾梶の車の位置はすぐ分かった為、駆け足で近寄り助手席のドアを開け座った。

「お疲れ様です」

「悪かったな。まずはこれを渡しておく。ざっと目を通してくれ。詳しい話はそれからだ」

 彼は言われた通り、封筒から書類を取り出し黙読した。その様子を横目で見ながら、何も言わず待っていると彼は顔を上げた。

「間違いないですよ。一千万円の文言や文脈は、例の闇サイトの奴らじゃないですか」

「なんだ。疑っていたのか」

「正直、半信半疑でした。特殊なアプリを使う手口からそうだとは思っていましたが、別口の詐欺とも考えられますから」

「そうだな。ただ俺達の追うターゲットが食いついたのは確実だ」

「しかし問題はこの先ですね。名前と住所はどうされたのですか」

 そこで昼間のやり取りを説明すると、彼は溜息を吐いた。

「名前や住所を見て、相手がどう出るかですね」

「そこで俺の考えをどう思うか、尾梶に聞いて欲しかったんだ」

「考え、というのは何でしょう」

「サイト運営者の立場から見れば、まず名前や住所を調べて本当に介護で苦しみ、殺したいほど困っているかを確認したいと考えるはずだ。そこから実際殺すに値するかを決め、どの実行犯に割り振るか判断すると思う」

「確かに。闇雲な殺害はしないでしょうし大金を渡すことを考慮すれば審査は必要ですね」

「そこでだ。必ず誰かが俺の周辺の聞き込みをする為、接近するに違いない」

「十分あり得ます。もしかして、そこに網を張るつもりですか」

「そうだ。ここから先は俺が警察関係者だとばれる、または偽の住所を教えたから手を引く可能性もある」

「そこですね、今はネットだけでも様々な情報が収集できます。住所を調べれば空室のマンションだとすぐばれるかもしれません。実際辻畑さんも、そうして調べたでしょうから」

「ああ。だがネット上は空室でも、実際入居まで期間があく場合だってある。もし先方が今後その点を問い合わせてきたら、引っ越し予定だと伝えればいい。母との喧嘩が絶えず騒いで苦情が入り、転居せざるを得なくなったと言えば信じるかもしれない」

「なるほど。そんな事情があるから、今の住所で無く新住所を伝えたと誤魔化すのですね」

「そうだ。もちろんそれ以前で途絶えれば諦めるしかない。だが犯人達の関係者が近くに現れる僅かな可能性に賭けようと思う」

「何もしないよりはいいと思います。でもそうなると、張り込みする人員が必要ですね」

「そこなんだ。俺だけではさすがに難しい。だから捜査本部にこれまでの経緯を説明し、人を出して貰うのがいいとは思う。ただそれが今のタイミングなのか迷っている」

 彼も同様に唸った。

「悩ましいですね。極秘に囮捜査を仕掛けたと説明すれば、その時点でストップをかけられる恐れはあります。辻畑さんのお母様を殺す段階まで来ていれば警戒網を張ってくれるかもしれないし、一般人を囮にするのはまずいと保護される可能性もありますね」

「やはりそう思うか」

「はい。でも私だけなら動けます。もしこの先、やり取りが続き殺されるかもとなった場合、それから報告しても遅くないでしょう。あくまで実行されなければ、殺人教唆や共同正犯は成立しませんから。それに上手く説明すれば上の判断で、許可される可能性もあります。例えば身代金の受け取りと同じく、万全な監視をするという考えもあるでしょう」

「その可能性に賭けるしかないか。尾梶が協力してくれるなら大助かりだ。それまでは二人で監視し、俺の周辺又は母親の状況を確認する奴がいるか、探りたいと思う」

「お手伝いさせて下さい。情報は、これ以上二人だけの捜査が無理だと判断、または先方の反応が完全に途絶えたと考えられる時点で、捜査本部や警視庁に伝えれば宜しいですか」

「ああ。それまでは俺と尾梶だけの秘密だ」

「了解です。ところで最近のお母様の具合はどうですか」

 話題が変わり、辻畑は言葉が詰まった。これまでなら

「相変わらずだよ」

という言葉を皮切りにああ言われた、こういう事があったという愚痴を彼に聞いて貰う流れだ。しかし昨夜、というか今日の未明までの衝突から少し風向きが変わりつつあった。

 けれども今、それを説明し出すと話が長くなる。その為、

「相変わらずだよ」

と答えると、彼はいつも通り頷いた。けれどその先を告げる気はないので話を戻した。

「では早速どう動くかを決めよう」

 そう聞くと今日は愚痴を口にしたくないと察したらしく、彼は顔つきを変えた。

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