第四章~辻畑⑦
「尾梶です。朝早くすみません。今宜しいですか」
「いいぞ。リストの件はどうなった」
「その件でご連絡しました。早速削除して県警本部のサイバー犯罪課に送付しました。念の為に確認しましたが、警視庁経由で送られてきたのは指示だけで、リストは送付されていなかったようです。今の所問題は無いでしょう」
「有難う。ところでこっちにいつ来れる」
「何かありましたか」
今朝までのやり取りを簡単に説明すると、彼は驚いていた。
「急展開ですね。次の返信が勝負ですが、名前や住所はいずれ伝える必要がありますね」
「そうなる。確かに実行犯からすれば、それが分からなければ狙いようもない。また顔写真や行動スケジュール等も必要だ。そうでなければOKがKSの自宅で金を預け、轢き殺す真似などできなかったはずだ」
辻畑が想定していた考えを告げると、彼は同意した。
「辻畑さんの場合、住所を伝えた時点で警察だとばれる確率は高いはずです」
「ああ。恐らくそこまでだろうな」
「それでこれ以上続かないと考えて、メモのコピーなどを私に渡したいというのですね」
「そうだ。最悪、今日までの分が最後になる」
「分かりました。それならなんとか夕方頃までに、そちらへ行けるよう段取りをつけます」
「大丈夫か」
「辻畑さんとの打ち合わせと言っておけば、リストの件もありますから問題ないでしょう」
「悪いな。急な事件がない限り時間は空ける。もし互いに都合が悪くなれば連絡し合おう」
「承知しました」
そこで昨晩、母との件も話そうかと思ったが止めた。特に急がないから、こちらに来た時に言えばいい。そう考え電話を切り、席へ戻って仕事を始めた。
刑事の仕事は外での捜査ばかりでなく、意外に事務仕事が多い。様々な報告書などまとめ、提出しなければならないものもある。そうしてお昼になり、同僚達からの誘いもあったが断り一人で外へ出てコンビニ弁当を買い、朝いた公園に再び立ち寄った。
やはり人が集まっており、空いているベンチは無い。その為木陰に座り、三分で食べ終えてから伝言が届いているかを確認しようと私用のスマホを開いた。既にやり取りを打ち切られたか、来てもどうせ夜まで届かないだろう。だから昨日の寝不足を少しでも解消する為、横になれればと高を括っていた。
しかし予想に反し届いていたのだ。驚きと喜びに困惑の感情が入り乱れた状態で、件名を確認した。そこには、今後についてとあった。まだやり取りが続くのなら御の字だ。
けれど尾梶と話したように、こちらの住所を伝えた時点で途切れる覚悟をしなければならない。よってもう大した情報は得られないだろう。
そう割り切っていたので、すんなりメッセージを開いた。だがそこにこう書かれていた。
―ご希望通り、あなたの悩みの種を私が消します。そうすればあなたは解放される。報酬はいりません。それどころかあなたは一千万円を手にします。自由になったらそのお金を有意義に使って下さい。但し条件があります。この続きは次回です。信用する、または信じて見ようと思うなら、あなたと対象となる人の名と住所を教えて下さい。信じられないなら嘘の名や住所を書けばいい。但し願いは一生叶えられず、お金も手に入りませんよー
かなりの長文だった為、選択の余地は無かった。一千万円というキーワードが出た時点で、相手が辻畑達の追う闇サイト運営者に間違いないと確信する。よって急いで名前と住所だけを打ち込み送信し、文言をメモに書き写してスマホで画面を撮影した所で消えた。事前登録していたおかげで、入力に手間取られなかった分、何とか間に合ったようだ。
メモを再読するとまたもアドレスが変わっており、撮った画面は文字化けしていた。また金を払うどころか一千万円を支給し、それで自由を得ればいいと誘う文章を見て思う。
切羽詰まった状況に追い込まれていたなら、こうした誘惑に限られた時間で選択を迫られた場合、名前や住所くらいなら教えても良いと考えるだろう。よって辻畑の行動は間違っていなかったはずだ。それにこちらが殺して欲しいと具体的に依頼した訳ではない。
また相手が消すといった文言は無くなり履歴にも残らないなら、例え今後何かあっても表沙汰になる可能性は低い。また相手が詐欺でも名前と住所だけで大したことは出来ない。
電話番号は、アプリをダウンロードしやり取りする間に確認された可能性はある。それでも麦原のような資産家ならともかく、栗山や日暮親子など経済的に苦しい家庭なら、金を騙し盗られる心配もない。だから名前と住所を教えたっていいと考えたはずだ。
そこで気になる点が一つあった。願いを叶え自由になり大金が手に入る代償として、どんな条件が伝えられるか、だ。もちろん辻畑は分かっている。その後余裕が出来て金を返せる状況になれば、今度は同じ介護やDVで困っている人の願いを叶えることだろう。
続きは次回ですとあった。それを見た時、これまでの依頼主はどう思っただろうか。まだこの段階では予想も出来ず、ただ本当に願いが叶うかどうかに気を取られていたかもしれない。
毎日のように暴力を振るわれ苦しみ、死んでくれまたは殺してやると思い悩み続けていた栗山や神奈川の少女。介護により心身共に疲れ切り、一緒に死のうとまで考えていたはずの麦原や航なら、藁をもすがる気持ちだっただろう。
辻畑だって一作日までは似た想いだった。本当に死ねばいいと考えていた。刑事でなく、また一連の事件に関わっていなければ、本気で殺人依頼をしていた可能性は否定できない。
もうすぐ昼休憩が終わる。これまでのやり取りから考えると、返信は早くて今夜だろう。または知らせた名前から刑事だとばれて途絶えるかもしれない。その時は諦めるだけだ。
しかし住所は、事前に調べた官舎近くにあるマンションの空室の所在地を記入した。そのままはまずいし、オートロック付き集合住宅なら押し込み強盗は困難と考えたからだ。




