第四章~辻畑②
早速そう打ち込み登録する。次に“出来れば”“楽になりたい”“解放されたい”と書き込む。相手はこれまでで既に辻畑の介護状態を把握している。よって“辛い”“苦しい”“もう嫌だ”等の感情を再び書き込むのはくどい。
今度は闇サイト側と実行犯の気持ちで考える。数多くの中から選んだなら、単なる愚痴でなく死んで欲しいと願う気持ちの本気度をしっかり見極めたいはずだ。そこで気付く。母を殺すなら、手段をどうするかも決めなければならない。また対象者の所在、つまり辻畑達が住む住所の把握も必要となる。具体的に想像し鳥肌が立つ。
これまで把握している殺害方法は自宅に侵入するか、出歩いている所を突き落とす、または車で轢くものだ。またどのケースでも辻畑のアリバイ作りは必須だ。
つまり母と自分の行動パターンや範囲も伝えなければならない。自宅を教えるのはまずい。調べればすぐに警察の官舎だと分かる。それにそんな場所へ押し込み、殺人を犯すのは実行側からすれば避けたいはずだ。そうなると母が外出した先で事故に遭うパターンが最も適している。
幸い買い物などは母が行っていた。昼間ならまず辻畑は仕事中の為、アリバイも成立しやすい。外での犯行となれば歩行ルートや店、時間帯の情報は必須だ。また防犯カメラがない場所を選びたいだろう。これまでの犯行から推測するに、事前の下見はしていたと思われる。やはり依頼主から得た情報を元に、実行犯が調査していたに違いない。
辻畑は念の為に自宅近くの別住所を入力し、続けて母が通う近所のスーパーの名前と、そこを訪れるおおよその曜日や時間帯を書き込んだ。どの道を通るかは知らない為、店を検索して地図で確かめた。これだけ知らせれば、勝手に相手が殺してくれるのだろうか。
それは困難だろう。もっと詳細な情報が必要だ。それに母の顔写真も無ければ狙いようがない。もしかすると依頼主自身が、相当の時間を割いて調べたのか。辻畑の留守中、母がどのように日々生活しているかなど、自分でさえ把握していない。
あれこれ想像を膨らませる内に思いつく。母の写真を送付すれば、後に削除しても撮影し保存した形跡は残るはずだ。しかしサイバー課から被疑者のスマホを分析した際、そうした情報があったとは聞いていない。
ただ身内の写真を撮り後で削除しても、別に奇妙だと疑われはしないだろう。よって重要視していない可能性もある。今後具体的に闇サイト側と交信を続ければ、そんな些細な点から実行犯とやりとりした裏付けに繋がるものが見つかるかもしれない。
そんな期待を抱いた時、新たなメールが届く。心臓が高鳴る。犯人を追い詰め逮捕する前に感じた、これまでの緊張感とは全く違う。囮捜査というグレーな手法を使っているからだけではない。架空とはいえ母を殺す算段をする行為に一種の興奮を覚えていた。
件名は、今後についてと書かれていた。スマホで画面を撮影し、息を整え思い切って開く。そこにこう書かれてあった。
―では個別の相談に乗りましょう。お母様が居なくなって欲しいとのご希望ですが、それは介護施設へ預ける等して手離すのではなく、この世から消えて欲しい。違いますか―
急いで、その通りですと打ち込み少し悩んだ末、しかし自分の手を汚す勇気はない、と追記し送信した。それから手書きで文言を写して撮影する。当然画面は文字化けした。
やはり今度もアドレスが違う。複数のフリーメールを使用しているらしい。協力者がいるはずだから不思議ではないけれど、用心の為にかなりの手間をかけていると分かった。
ならば次はどんな文言で誘うのかと期待した。だがいつまで経っても返信が無い。時計は十一時近くを指していた。公園に来て三時間弱経過している。それにここはまだ自宅より一駅前だと思い出す。余り遅いと母が煩いし帰らない訳に行かない。
といって電車に乗るのもどうかと考え、うんざりしながら徒歩で帰宅することにした。購入していたペットボトルの飲み物を口にしながら、暗く静かな夜道を歩き始めた。手元のスマホが気になる。家に着くまでもう一回位は連絡があるのでは、と期待したからだ。しかしとうとう来なかった。
官舎に入り玄関のドアを開けながら、踏み込み過ぎだったかと首を捻る。過剰に前のめりとなれば、疑念をもたれる恐れはあった。だがあの程度でそう判断されたとは思えない。そこで気持ちが逸っていたと気付く。焦るな。慌てるな。
今朝方も返信に気付かなかったが、開くまでは消えなかった。相手がどんな仕事に就き、生活をしているかなど分からない。また実行犯自身なら、以前は依頼する側だったに違いない。そこから想像するに、悠々自適な生活を送る人達ばかりではないだろう。東京の麦原のような人物もいるが、栗山や日暮親子、神奈川の少女達と同じなら余裕はないはずだ。
それとも実行犯は、時間に融通が効く恵まれた環境の人物に限られるのか。そうした人が闇サイト運営者の手伝いをしているとなれば、もっと頻繁にやり取りを仕掛けて来てもおかしくない。そんな辻畑の思考を停止させたのは、母の怒鳴り声だった。
「ただいまも言わないで、こんな時間にボーッと帰ってくるんじゃないよ」
まだ起きていたらしい。リビングに明かりが点いていると気付いていたが、考え事をしていた為に母の存在をすっかり忘れていた。時計を見ると十一時半過ぎだった。
「なんだよ。もう遅いだろう。さっさと寝ろよ」
ムッとして咄嗟に反論したのが間違いだった。
「何だい、その言い方は。トイレで目を覚ましただけだよ。ドアの開く音がしたから、真っ暗よりいいと電気を点けたんじゃないか。それなのにこっちを見ないし、感謝の一言も言えないかね。そんな教育をした覚えはないよ。いつからこんな子になったんだろうね」




