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第四章~辻畑①

 仕事が一段落し帰宅の途についた辻畑だったが、足取りは重かった。理由はもちろん母が待っているからだ。今朝はほとんど顔を見ず、昨夜の攻防に触れず出てきた。余り早く帰宅すれば入浴させなければならない。そうなると再び不毛な口論に発展しかねなかった。

 そこで時間を潰そうと、一駅前で降りてコンビニに寄り飲み物を買い、近くにある公園を見つけベンチに腰を下ろした。夜の八時を回っていたからか人は誰もおらず、周囲は真っ暗闇だ。街灯だけが辻畑の周りをほんのりと照らしていた。

 その明かりを頼りにスマホを取り出し、昨夜ダウンロードしたアプリを開いた。メッセージがあれば知らせるよう設定していたが、気付かなかった場合もある。そう思いながら覗くと、一件のメッセージが張り付いていた為驚く。件名は今朝の件で、と記されていた。

 まずい。見過ごしていたなら、中身が消えているかもしれないと慌てて内容を見た。するとそこにはこう書かれていた。

―返信有難う御座います。先に注意事項をお伝えします。このアプリは、開いてから三分以内で文章が消去するよう設定されています。スクリーンショット等で記録も出来ない為、必ず暗記して下さい。そうしないと、その後の交信が出来なくなるのでご了承ください―

 三分しかないのか、と驚いたが開いてからだと分かり安堵する。ざっと読みここはまだ単なる前置きだと理解しメモに書き写した後、念の為に別のスマホで画面を撮影した。だが予想通り、文字化けしたものしか記録されなかった。それでもその状態を保存する。その間に文字がすっと消え、操作して調べたが履歴も削除されていた。

 しかしここは喜ぶべきだろう。先方が辻畑の身元を探ってから再接触してくるのでは、と危惧したが違ったらしい。もちろん今後調べられる恐れはある。それを覚悟した上で、なるだけ多くの交信を続け情報を得ることに集中すべきだと、改めて自分に言い聞かせた。

 早速返信しようとしたが、宛先さえ消えていると気付いた。文字が消えるまでに何らかの文言を打ち、返さなければならなかったのか。唖然とする。

 書き写している時間など無かったらしい。まずは了解したとだけでも打って返信し、残り時間でメモしなければいけなかったようだ。そう悔やんでも遅い。もう終わりか。たったこれだけの情報では何の役にも立たない。辻畑はがっくりと項垂れた。

 その時新たなメッセージが届き驚く。着信を知らせる振動が全くなかったからだ。どうやら設定しても無効になる機能が付いていると思われた。そう考えながら胸を撫で下ろす。 

 まだチャンスはあるらしい。それに開いた後に三分だからまだ慌てる必要はなかった。件名は先程の件と書かれている。スマホで撮影するとしっかり映っていた。けれどスクリーンショットはできない。どうやら文字化け機能は開いた後の画面だけのようだ。

 ざっと見渡し他に残せる証拠はないか探してから打ち返す文言を考える。長文は打てない。理解出来れば“りょ”でもいい。だが良く分からない内容だったらどうするか。もう一度、と返すか。何度も繰り返せば怪しまれる恐れはあるが、一回位なら許されるだろう。何せ三分しかないのだ。しかも読んで記憶し、打ち返す時間を含めてである。

 そこで疑問に思う。こんなやり取りを、他の依頼主もやったのか。麦原のような五十代半ばでも、余程スマホ等を使いこなしていなければ難しい。大阪の栗山は事件当時、八十歳と高齢で神奈川の少女は十一歳、日暮航は十五歳だ。

 航ならスマホ等を駆使している可能性もあるが、十一歳には少し厳しくはないか。いや年齢よりスマホの利用頻度が重要だ。しかし一律三分は余りにハードルが高い。それともその条件をクリアできた人だけが、最後まで辿り着けるのか。

 悩んで色々推論を立てたが、確実なものは何一つない。余りに情報が不足している。よって疑問は一旦棚上げし、まずは今出来る事だけをしようと思い直す。一度深呼吸をし、辻畑はメールを開いた。同時に別のスマホのストップウオッチ機能で時間を図る。また文字を読み上げながら、返信を打つ準備をした。

 今度の文言は短く、理解できましたか、だけだった。その為直ぐ了解と打ち込み送信後、カメラで画面撮影してメモ書きする。そこで送信元のアドレスが先程と変わったと気付く。 

 やはり特定されないよう、様々な機能を駆使しているらしい。相手がかなりネットに精通しているとのこれまでの推論を裏付けていた。それが分かっただけでも収穫といえる。

 ただ闇サイト運営者が単独犯とは限らない。同じ考えを持つ者同士が複数集まり、協力していると考えた方が筋は通る。恐らくその中にずば抜けたハッカーがいるのだろう。

 相手の文言が消えた。時間を計っていたスマホを止めると、三分を若干過ぎていた。反応する時間が遅れただけで、ほぼ三分だと改めて確認する。ということは、そろそろ辻畑が打った文言も消えるはずだ。そう思いながら見つめていたがそのままだった。

 明らかに三分経過している。そうか。メールを開いてからなので、相手がまだ見ていないのかもしれない。先程辻畑がしたように、次に打つ文章の内容を吟味する時間が必要だからだろう。しかしそうなると、次に相手がどんな指示を出すか不明だ。

 最悪の場合は時間稼ぎの文言を送ればいい。だがそれも限界がある。本当にこんなやり取りを短い間で続けるのか。そう考えるだけで肩に力が入った。少しでもラリーを長くし、出来る限り情報を引き出したい。その為に事前準備できる手立てはないか。

 よく使う言葉を登録すれば、最初の文字を打つだけで直ぐ出る機能があるとは知っている。だが私用の携帯では普段文字を打つ機会がほぼないので、出てくる文章もごく一般的なものばかりだ。ならば予測できる範囲内で、複数のパターンを入力しておくしかない。そうしないと、相手の文言を手書きで写す時間がなくなってしまう。

 三分はそうされないよう、考えられた時間なのか。そこでまた同じ疑問に辿り着き頭を切り替えた。今は想定できる会話を思い浮かべ、入力すべき文ないしは単語を考え打つのが先だ。辻畑は深呼吸し、改めて刑事でなく介護で苦しみ殺人依頼する立場での会話を想像した。まずは“いなくなればいい”“消えて欲しい”“死んで欲しい”という言葉だ。

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