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*記者②

 施設に居て複数の目があっても、その監視の網をかいくぐり抜け出されたのだ。無職とはいえ一人で、しかも四六時中監視する訳にもいかない。トイレに入るなどふと席を離れたり、寝ている間に自分で鍵を開けたりして外出することもあったという。

 そうして徘徊した挙句に万引きを繰り返した。よって警察や検察も我慢の限度を超え、祖父は逮捕され短期とはいえ禁固刑を言い渡された時期もあった。それでも長くはいられない。そのまま病死、または寝たきりになり徘徊できなくなれば良かっただろうが足腰だけは健康だったようだ。よって出所した後も同様だったという。

 そんな悪夢のループが続き、さすがに孫も精神を病んだ。よって祖父のかかりつけの医者による忠告もあり、介護ヘルパー等の手を借りる間、精神内科へ通院し始めたらしい。

 けれどある日限界に達した。孫は処方薬を祖父に大量摂取させた後、自らも湯船に浸かって手首を切り無理心中を図ったのだ。

 しかしたまたま家の前を通りかかったヘルパーが、いつも点いているはずの時間に電気が消えているのを不審に思い、預かっている合鍵で中に入り様子を伺ったのが幸いした。 

 異常な状態を発見し救急車を呼び緊急搬送され、幸いにも共に命は取り止めたという。それ程の騒ぎを経ていたからか、周囲も二人の行動を注視するようになったらしい。

 けれどそんな緊張感も長く続かないものだ。というのも孫が病院に行っていたある日、ヘルパーの目を盗んで家を抜け出した祖父が、住宅街の十字路で出会い頭に衝突した車同士の事故に巻き込まれたのである。

 閑静な田舎の住宅地で、普段はあまり車が走らない道だった。そうした油断から、お互い一旦停止を無視したようだ。そこで勢い余った一台が、偶然近くにいた祖父を轢いた。事故を起こした運転手はそれぞれ軽症で済んだけれど、祖父は打ちどころが悪かった事もあり、搬送された病院で息を引き取った。

 もちろん責任は百%、自動車側にある。そこでそれぞれに掛けられた自動車保険から、賠償金と慰謝料が払われた。しかも被害者は百六歳の高齢者で無職だというのに合計一千万円になったという。

 他にも母親の死により祖父が受け取った分の遺産も得た。孫からすれば頭を悩ます根源がなくなった上、決して少なくない大金を手にした為か一時困惑していたようだ。これは当時を知る数少ない近所の方等から得た証言である。

 私がこの事故に目を付けた理由の一つはまさしくそこだった。被介護者が亡くなり解放されただけでなく、一千万円を手に入れた条件を考えれば当然だ。彼は事故後しばらく経って滋賀の家と土地を売却し、その後いくつかの地を転々とした。

 この情報はまだ警察も知らず、今の所私だけが握っている。捜査で彼の事故について警察も目を付けた時期はあったらしい。だが余りにも該当事案が多すぎ、手が回らなかったのだろう。結局リストに挙げられたまま埋もれてしまったと思われる。

 恐らく彼が一千万円を手にした話は警察も把握していないはずだ。何十件も取材している中、当時の保険会社の事故担当をようやく捕まえ示談金の支払い額を確認し、あくまで内密との条件で何とか金額を耳にしたからである。

 条件を絞っていたとはいえ、それが無ければ私も見落としただろう。もちろん他の記者達で同様の動きをしている者はいた。けれどその中で一千万円の額を知る者は私以外にいない。よって他にこの事案を怪しいと思えるのは警察だけだ。

 彼の現在の住まいは把握している。けれども闇サイト運営者または創設者だとすれば、直接動く可能性は低い。これまでも警察の捜査により、運営者の思想や行動に共感する者がいて、複数の協力者達がいるとの見立てがされていた。それにネットで繋がっていれば、行動するのは実行犯くらいで、その他は情報収集等をして供与すればいいだけだ。

 その為彼らを逮捕するには、連絡網自体を証拠として掴まなければならない。けれどまず間違いなくやり取りや履歴が消えるアプリを使用している為、個人の力では限界がある。やはり最終的には警察の手を借りなければ無理だ。

 それでも警察組織ではどうしても及ばない範囲がある。だからギリギリまで私は取材を続け、これなら彼らも動けるとの確実な証拠を手に入れたいと考えていた。何としてもこの手で決着をつけ終わらせたい。その強い想いだけが私を突き動かしていたのである。

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