*記者①
これまでの私の取材により、警察が把握せずかつ事件との関連が疑われる案件は複数あった。猪川理恵のように警察に告げても、捜査の進展に期待できないと判断したものだ。その中でどうしても気になる案件が一つある。
私は事件の原点がどこかを探した。その為大阪の件よりさらに五年遡った、ある事故に目を付けたのだ。警察が現在把握する最も古い一連の事件は、栗山の息子が死んだ大阪の事故だ。よってそれ以前に殺人連鎖のきっかけがあったはずと踏んでいた。そこから遡り介護やDV等で苦難を強いられていたが、被介護者などの死亡で脱した人物を探した。
そのきっかけが事故またはその後経済的に恵まれたとの条件等も付けた。理由は一連の事件における複数の共通点から導き出したものだ。
恐らく闇サイト運営者は、これまでの関係者達と同様の悩みを抱えていた環境から偶発的に起きた事故により抜け出し、その上大金を得たのではないか。だから似た境遇の人達を救い、かつ一千万円もの金を置き自らが得たような幸運を与え始めたと予想していた。
そう推測を立てていたのは警察も同様だ。しかし絞り込む条件はあるが、全国各地で起きた事故等から探し当てるのは相当な困難を伴う。またどこまで遡るかも重要な点だ。
私は以前の職場にいた頃から大阪の件よりそれほど遠くない時期に起きたのでは、と考え調べていた。というのもやり取りや履歴を消し去れるアプリ等の開発は近年からだ。また大阪の件は栗山という高齢者が依頼者だった為、ネット等での複雑なやり取りはしていない可能性が高いと当たりを付けていた。
あの段階で警察が分析等出来ていれば、運営者に辿り着けただろう。現に栗山の遺品は既に廃棄され詳細な検証が出来ていないが、実行犯とほぼ特定される不手際を起こした。その上後の一連の案件と比べ、洗練されていない。また大阪に近い地域では、とも考えた。
それでも対象事案は相当数ある。そこから一件ずつ潰すのに相当な時間を要した。その為私が知る範囲内の事件で、まだ警察も気づいていないだろう共通項がまだあると気付き、それを条件に付け加えたのだ。その結果辿り着いたのが、滋賀で起きた自動車事故だった。
被害に遭い死亡したのは百六歳の高齢男性だ。彼は痴呆症に罹り徘徊癖と万引き癖があった。その為介護していた孫が何度も警察に駆け込み、時には呼ばれるなど相当苦労していたという。家庭事情も複雑だ。孫が幼い頃、その父親は罪を犯し母親と離婚。やがて別の男と結婚した際、孫は母方の祖父母に預けられていた。つまり捨てられたのだ。
それでも愛情を注がれた孫はやがて有名大学に入り、卒業後大手保険会社へ就職し高い給与を得られるまでになった。転勤が多い為、祖父母の元を離れ全国を転々としていた事情もあったのかずっと独身だったらしい。それもあって経済的には裕福だったという。
祖父母はそんな孫の姿を見守りながら、元気に過ごしていたようだ。けれど九十一歳で祖母が病気で死亡。残された祖父も高齢の為、孫の援助で介護施設に入居。その間も孫は転勤を重ね仕事を続けていた。けれどそんな平穏な日々がある時から崩れ始めたのだ。
それまでも痴呆症を患いつつ徘徊癖もあり、施設の職員に迷惑をかけているとは聞いていたらしい。けれど施設を抜け出した祖父がスーパーで万引きをし、警察を呼ばれる騒ぎを起こした。一度は注意を受けただけで済んだものの、数日後に再び同じ場所で商品を盗んだ際、注意した店員を突き飛ばし怪我を負わせた為に逮捕までされたのだ。
結果その日は留置所に拘留され、その後釈放され施設に戻った。けれど孫の元にこれ以上預かれないと施設側が連絡したらしい。当時離れた場所で勤務し一人身だった孫は、引き取る事も出来ない為に引き続き、世話をして貰えないかと懇願。だが結局話し合いは物別れとなり、強制的に引き取らざるを得なくなったそうだ。
その時既に祖父の娘でもある母親は、高速道路での多重事故に巻き込まれ亡くなっていた。しかも新たに築いた家族である夫と子供全員が車に乗っていた為、祖父と孫が多額の賠償保険金を含めた遺産を受け取った。
夫側に身内がいなかったことから、母親の実子である孫とその父親のみが相続人となった為だ。ちなみに父親もその二年前に病死しており、彼の遺産の一部も受け取っていた。刑務所から出所した後、ずっと一人でこっそりコツコツ働いていたらしい。
父親の遺産は雀の涙だったが、母親からの遺産は結構な額に上った。そうした事情に加え、孫は五十五歳と定年間近だった点も影響したのだろう。彼は会社を早期退職して滋賀に一軒家を購入。そこに祖父を引き取り、自宅で世話をし始めたのである。
取材によれば遺産と退職金やそれまで蓄えた資産、施設から払い戻された資金もあり、介護保険や祖父が受給する年金等もあった為、経済的には相当余裕があったと判明した。
それでも介護するとの結論を出すまで相当精神的ダメージを受け悩んだだろうことは容易に想像がつく。五十半ばの男性が、百歳を超えた祖父の世話を一人でするだけでも大変だ。まして痴ほう症に加え徘徊と万引き癖がある。よってかなり手を焼いていたに違いない。それは後に起こるエピソードが物語っていた。