第三章~辻畑⑧
正直複雑な心境に陥った。自分ではそのつもりだったが、途中でミイラ取りがミイラになりかけていたのは事実だ。いや、まだミイラになっていないとも断言できない。さらには闇サイト運営者らしきものからの接触があり、その段階に足を踏みこんでしまった後だ。
そこで突然不安になる。リストは昨晩送られてきたと言った。昨夜のやり取りの前か後か。さらにサイバー課や尾梶がどこまで把握し閲覧しているかで話が大きく違ってくる。その為慎重に尋ねた。
「昨晩、サイトの書き込みを見たと言ったな。どこまでだ。それと警視庁のリストは、何時時点の送付でどこまで把握している」
「確かあんな母親なんて、と言った辺りです。的場さんからは、昨日の五時過ぎに届きました。多分その後も警視庁のサイバー課は随時追いかけているでしょうから把握していると思いますがどうかしましたか」
まずい。昨晩の個別で相談に乗ると書かれたコメントに返信した。それが見られたとなれば面倒だ。慌てて片方の手で個人使用のスマホを取り出し、サイトを開いて確認した。
しかしそれを見て目を見開いた。何故か相手からきた、個別で相談に乗りますとのコメントが消えている。その上アカウント自体が削除されていた。辻畑の記載は母がギャンブル依存症だと嘆いた記述が最後で、返信した書き込みが消えていた。
別のSNSで同じ内容を書き込んだやり取りも残っていない。それを確認して肩の力が抜けた。これなら相手との接触に気付かれていない可能性がある。だが念の為にとそちらのサイトも確認したけれど、やはり先方のアカウント自体が消えていた。
これなら痕跡は残らない。そこで慌てた。別アカウントで同じ書き込みをしているとサイバー課に気付かれるとまずい。そこで急遽削除した。ついでに介護サイトでの消えて欲しいなどのコメントも消す。一線を越えたコメントは昨晩のものだけだ。それまでの記載は単に介護の愚痴に過ぎない。
そうした作業の間、沈黙していたからだろう。尾梶が訝しがった。
「どうかしましたか」
「ああ、悪い。少し席から離れただけだ。ところでそのリストは介護サイトのものだけじゃないよな。他のSNSなどはどうだ」
「確かあったと思います。え、もしかしてそっちでもやっていたんですか」
今更嘘は通じないと思い、正直に告げた。
「網は広げた方がいいと思ってな。同じ書き込みをコピペしたんだ。今削除したが、サイバー課は把握しているかもしれない」
「それだと私では確認できません。辻畑さんにリストを見て頂かないと。その中にあれば、これだと教えて下さい。そっちも抜く必要があるので、今からパソコンに送ります」
「分かった。確認してから折り返す」
「お願いします」
一旦通話を追えて急いで席に戻り、支給されているパソコンを立ち上げ画面を開く。そこに尾梶から、例のものという題のメールが届いていた。中には何の説明もないエクセルファイルだけが添付されている。開くと数百件はあるリストが現れた。
左端にはどのサイトかを表す項目があり、そこから目当てのSNS名を見つけソートする。数十件ほど現れ、次の項目にアカウント名が記されていた。検索欄に辻畑のアカウント名を打ち込むと、一行のリストが現れた。
やはり抽出されており、さすがは警視庁サイバー課だと感心する。右の追記項目を覗くと、昨夜の書き込みより前の文言までが記載されていた。昨夜のコメントまではどうやら残っていないらしい。介護サイトのアカウントも同じだった。
だが今はここで切られているが、サイバー課では続きを把握しているはずだ。ただそれは今考えても仕方がない。他は使用していない為、これ以上の確認は不要だ。取り敢えずこれも削除する必要がある為、もう一度廊下に出て尾梶に連絡を入れた。
直ぐに出たのでアカウント名を告げる。どうやらリストを開き、待っていたようだ。
「ああ、これですね。ありました。他にはありませんか」
「ない。二つだけだ」
「了解です。介護サイトにはこれ以上書き込みをしないで下さい。出来れば少し経ってから削除した方がいいと思います。もう一つはされたのですよね」
辻畑が同意すると、彼は安心した声を出して言った。
「それなら次に報告する際、問題なしとしておけばいいでしょう。後で追いかけようにも、アカウントが削除されていればそこで諦めるはずです」
「悪いな。迷惑をかける」
「これくらいは構いませんよ。でも良かったです。しばらく警視庁も動きが無いように見えましたが、こうした地道な捜査を続けていたんですね。驚きました」
謝る辻畑に気遣ったのか、彼は話題を変えた。その配慮に有難く便乗した。
「そうだな。こっちの管轄だけでも数百件あった。恐らくサイト上のあらゆる書き込みをチエックしていたのだろう。ある程度絞り、他の道府県警に伝えれば捜査できるレベルまで落とし込めたから、今回リストを送付したに違いない。それでも相当な数だったはずだ」
「そうですね。角度の高いものまで絞り込んでも、県内で数百件ですから。もちろん大都市圏の一つなので、もっと少ない県はあるでしょうけど」
「これで成果が出るといいな。この情報をどこまで活かせるかが鍵になる。そうなると現場の士気やレベルで、どうしても差が出るだろう」
「こっちは該当事案があるので動くでしょうけど、ない管轄は反応が鈍いかもしれません」
「それは止むを得ない。何か起こってからでないと動かないのが、これまでの警察の捜査だ。それをどう動くか分からない段階で追えと言われても限界がある。当然実際に起こった事件や事故を抱えていなければ、報告書や通達で想像しろと言っても難しい」
「そうですね」
そう答えた所で彼は口籠った。
「どうした」
辻畑が訪ねると、彼は遠慮がちに質問してきた。




