第三章~辻畑⑤
いつもの癖でスクリーンショットをし、次に何を書こうかと思った時、ふともしかしたらこれが闇サイトへの誘いかも知れない、と気になった。今までとは微妙に異なる文言が、なんとなく印象に残ったからだ。
これまでも相談に乗るから何でも聞いてくれとか、質問していいとのコメントはあった。けれど個別で、という言葉は初めてだ。よってどういう意味なのかと首を捻る。別で書き込んでいるSNSなら、他の人に見られないよう個別に直接やり取りできる方法があるけれど、このサイトにはそうした機能がついていない。
以前から使っているこのサイトに記載した文言を、基本的には後で新取得したSNSにコピぺしていたが、時々面倒だったり忘れていたりするケースがあった。そこで取り敢えず今回書いた文言を念の為に貼り付けた。
けれどここは介護に悩み人達の専用サイトでない為、初期の頃は誹謗中傷ばかりだったが、最近は完全にスルーされていた。しかし今回は違った。別サイトと全く同じ、
―もし本当に消えて欲しいと願うほど苦しんでいるのなら、個別で相談に乗りますよー
と反応があり、さらには直接やり取りをしようとまで誘われたのだ。
これも初めて見るアカウントだった。当然スクリーンショットをし、それからどうするか悩んだ。これがもし本当に闇サイトへと導く最初の一歩なら、慎重を期さねばならない。警戒され対象者にならないとはじかれればそこで終わる。書き込みし始めた真の目的は、事件が起きるまでの彼らとのやり取りがどうなっているかを知ることだ。
その為に禁止されている囮捜査まがいの行為を、本部だけでなく誰にも内緒で続けていたのだと思い出した。胸が高まる。先程まで母への怒りで沸騰していた頭は一気に冷めたが、別の興奮で血が上った。駄目だ、冷静になれと言い聞かす。
そうして考えた末、最初に反応があったサイトへのコメントにまず返信してみた。
―これまで何度も考えた。その度に思い止まったが、今日は本当に消えて欲しいと思うほど頭に血が上った。相談に乗ってくれるのは有難い。でも個別にとはどういう意味か―
そう打ち込んでしばらく間を置いた後、返信があった。
―あなたは全く同じ内容を、別のSNSに書き込みされていませんか。もしそのアカウントもあなたなら、そちらでは直接のやり取りができます。もし違ったらごめんなさいー
何となく予想していたが、別アカウントでのやり取りを希望していると分かった。これならどんな会話を交わしても、相手以外には知られずに済む。だが後で犯罪に関わっていると分かればアカウント発信者を特定し、やり取り履歴は例え消去しても復元し確認できる。ただ例外があった。一連の事件で使用された、別のアプリを使って会話する方法だ。
ますます闇サイト運営者によるアプローチの可能性が高まった。慎重に、と思いながらこちらのサイトでは意図的に返信せず、別のアカウントで直接メッセージを送った。
―はい、同一人物です。これでいいですかー
短い書き込みに相手が応じた。
―ご返事、有難う御座います。ところで消えて欲しいとは具体的に何を指すのでしょう―
返答には注意を要する。直接的な表現は互いに迷惑を被る恐れがある為、こう返した。
―こういう場所には書き込めない。それ位の想いだ。なので相談されてもあなたは困るだろう。それとも私が納得できる良い案があるのか。あれば教えて欲しい。単なる気休めや慰めなら必要ないし、そんな言葉は聞き飽きた―
するといつまで経っても返信はなかった。かなり待ったが、時計を見ると夜中の二時過ぎだった。失敗か。それともこちらがどの程度本気なのか見極める為、焦らしているのか。そこで待つの諦め、十分冷静になり落ち着いた辻畑は部屋へと戻った。
部屋の中は暗く、母はもう眠っているようだ。明日も仕事がある。その為に体と頭を休めなければならない。よって一人で静かにシャワーを浴び、体を洗い着替えて寝室へと戻る。そしてベッドへ倒れるように体を横たわらせ、深い眠りについた。
翌朝、セットしていたスマホのアラームの振動音で目を覚まし、体を起こした。耳を澄ませると、母は既に起き台所で朝ごはんを作っている音が聞こえた。ここで顔を出すと、また昨日の続きで言い争いになるかもしれない。そう考えるだけで気が滅入る。
といって顔を洗いトイレに行くにも、キッチンとダイニングが一体化している部屋は通らなければならない。止む無く扉を開け、視線を逸らし洗面所へと向かう。
母がこちらを向く気配を感じたが、声はかけられなかった。向こうも気まずい思いをし、朝だけでも黙ってくれれば助かる。だがそんな殊勝な人間ではなく、期待するだけ無駄だ。
出ていけ、施設に放り込むぞと口にしたのは今回が初めてではなかった。だから本気にせず、昨夜の乱暴な振る舞いに対し愚痴を吐かれるに違いない。そう覚悟しつつ洗顔し髭を剃り、歯を磨く。トイレに入り、出た後は直ぐ部屋に戻って着替えさっさと外へ出れば、不毛なやり取りを繰り返さずに済む。
そう思い視線が合わないよう目を伏せリビングに入った途端、尖った声が飛んできた。
「朝ご飯、食べて行きなさい。夕食は食べたの。どうせ碌な物を食べていないでしょう」
これが柔らかい口調だったら、こちらも態度を変えていただろう。だがこのまま席に着けば口論になると感じた為、聞こえない振りをして部屋に入った。
何やら向こうでぶつぶつと言う声はしたが、はっきり聞こえない。これで怒鳴ってきたら再び喧嘩が始まる。だからこれでいいと自分に言い聞かせ、素早く着替えまた泊まり込みに備えた予備の下着など詰めたカバンを抱え、再び部屋を出た。
「何よ。もう出かけるの。ご飯くらい食べていきなさい」
無視をし、玄関に向かい靴を履き替え素早くドアを開けた。足の悪い母なら、追いかけて来ても絶対間に合わないスピードだったからだろう。そのまま何事もなく済んだ。
官舎を出てホッと息を吐く。やや睡眠不足だが家のベッドで横になった分、いつもより体は休められた。さあ嫌な事を忘れ、仕事にとりかかろう。それだけが今出来る事だ。
そこで思い出す。そう言えばあれから返信はなかったかと個人のスマホを出し、サイトにアクセスする。介護用の方は何件か反応があったものの、通り一辺倒の内容だった。
いつも通りスクリーンショットをし、SNSを開くとそこでもたいした記載はなかった。だが一件直接のメッセージがあるマークが灯っていた。動揺したが、昨夜送られてきたアカウント名と別だった為、関係ないと思いつつショットで残してから開いた。
すると今朝返信されたばかりらしいコメントに、思わず目を見開いた。




