第三章~辻畑④
それを見て、自分はもう少し頑張らなければいけないと考えさせられたりもした。辻畑の悩みなど、工夫次第でいくらでも解決しようと思えばできるからだ。例えば入浴はヘルパーに依頼すれば、昼間など仕事でいない時に済ませられる。また愚痴を聞きたくなければ、家に帰らないまたは母が寝静まるのを待てばいい。
けれど前者は施設を勧めた時と同様、嫌がった。プライドが高く、金を払ってまで他人の世話になりたくないとの想いもあるのだろう。また他は出来るから入浴ぐらい身内が世話したっていいとの甘えがあった。我儘や愚痴も彼女なりの歪んだ感情表現らしい。
そうした現象は、数多くのアドバイスや実例を挙げたケースでのコメントにより頭では理解できるようになった。それでも延々と続けられ耐えるには余りにも辛過ぎた。
後者に関してはそういう手を使った事が何度もある。けれど同じ家に住みヘルパーの手を借りず入浴させていれば顔を合わさないでいるのは不可能だ。単に彼女の愚痴の数が増え、質が増し濃くなるだけである。そうした攻撃に精神は日々削られていった。
そうして一連の事件に進展がないまま季節は変わり、秋を迎えようとしていたある日の事だった。既にその頃、辻畑は別件の殺人事件を担当し忙殺されていた。
三日振りに帰宅を許されたが、当然のように足取りは重い。帰ればまた母を入浴させなければならないからだ。 会わない時間が長かった分、彼女も鬱憤が溜まっているに違いない。当然いつもと同じく、まだ残暑により汗を掻くから頻繁に帰ってこいと言うだろう。
時間も遅いし丁寧にやれ、買い物に出た時に会った店員の態度が悪かったなどと、どうでもいい不平不満も長々と聞く覚悟をした。
想像通り、その日母は機関銃を連射するように、呆れる程悪態をつき出した。最初は聞き流していたが、その態度も気に入らなかったのだろう。辻畑への文句が続いた。だが疲れ切った頭と体で受け止めるのは限界がある。そこで思わずカッとなって怒鳴った。
「煩い! 黙れ! 嫌なら他の人にやって貰え! 今後二度と手伝わないからな! いやもう出ていけ! 施設に放り込んでやる。拒否権は無いからな! もう勝手にしろ!」
入浴途中で無理やり風呂から引き揚げた彼女を寝室に投げ入れ、辻畑は外へ出た。元妻が以前言った通り、同じ空気を吸うのも嫌だったからだ。血が上った頭では何をしでかすか分からない程興奮もしていた。また官舎で夜遅く大声を出し続けては、他の同僚やその家族に迷惑がかかる。さらにどんな噂を立てられ、陰口を叩かれるか分からない。
よって近くのコンビニで食べ物と飲み物を買い先にある公園へと足を延ばし、遅い夕食を済ませながら夜空を見上げた。その後習慣化していたサイトへの書き込みを始めた。
言いたいことは今日も山ほどあったので、思いつくまま書き込んでいく。そこにいつもよく返してくれる人達から、励ましのコメントが加わる。ただそれを見ても気は晴れない。こいつらに何が分かると反発した。その為良く無いと思いつつも腹立たしさを晴らそうと、
―もうあんな母親なんていらない、見捨ててやる、嫌がっても施設に入れて目の前から消す。いっそこのまま消えてくれればどんなに楽かー と書き込んだ。
また初めて母がパチンコに嵌るギャンブル依存症だと暴露した。彼女が得た年金は全てそこに注がれ、足らない時には辻畑の財布から抜き出して使っているのだと嘆いた。
最初はストレス解消の為と友人に誘われただけだったらしい。しかし今では完全に依存症といえる程通い続けていた。足が悪くても何とか外出できる中途半端な状況がそうさせたのだろう。また辻畑が仕事で忙しくほとんどかまってやれないから止めようも無かった。
ギャンブル依存症は精神や脳の病だと聞く。本来なら治療の為に心療内科などへ行き、場合によっては入院も必要となるらしい。それ程他人の力を借りなければ克服はとても難しいそうだ。けれど当然本人はそんなもの必要ないと突っぱね拒否した。
引きずっていく訳にもいかず、また四六時中監視するなど不可能だ。金が無ければできないだろうと、単に取り上げれば済む問題でもない。もしそんなことをすれば借金してでもやろうとする為、余計なトラブルを起こす恐れがある。
よって引き離すのではなく本人に考え方の偏りを見直させ、金銭管理を始めとした日常生活を変え、ギャンブルをしたい気持ちを低減させなければならない。けれど母との関係が拗れてしまった状況と仕事環境により、辻畑は打つ手が見いだせないでいたとも綴った。
すると見慣れないアカウントから、コメントが付いた。
―もし本当に消えて欲しいと願うほど苦しんでいるのなら、個別で相談に乗りますよー




