表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/78

第三章~辻畑①

 本部の上層部に的場から得た情報を尾梶の口で伝えさせ、辻畑はその様子をじっと見守っていた。状況によっては助け舟が必要だからだ。しかしそんな心配はなく、理路整然として語るその横で、うんうんと頷くだけで済んだ。

 県警本部の管理官や刑事課課長達も、尾梶だけの意見でなく警視庁が同様の危惧を抱き対応している、との証言で十分だったのだろう。もちろん彼らはその後先方に確認し、上層部同士で打ち合わせを行ったようだ。

 それを受け、日暮親子の監視班は航がどこの学校を受験するかまで探った。するとその中に県外の私立が含まれており、実際受験に向かったと判明した時にはかなりざわついた。本当に県外へと逃げられてしまえば、これまでのような捜査は出来なくなるからだ。

 いくら警視庁主導で警察庁の力を借りて他の県警に協力を仰げるとはいえ、ずっと張り込みを続ける訳にはいかない。そこは管轄の警察署に任せるしかなくなる。受験が一段落してから、再度事情聴取する約束は日暮親子と取り交わした。だがその間は動けず、また聴取が始まっても途中で引っ越されてしまえば、そう何度も足を運べなくなる。

 こうなると捜査本部は日暮親子の線から辿るのでなく、実行犯を探し出すしか手がなくなってしまう。その為目撃者や近所の人達から話を聞く地取り班の動きが活発になった。 

 後は闇サイト運営者を辿る線だが、これは警視庁等のサイバー捜査本部の管轄だ。けれども以前から既に神奈川と東京で分析し追いかけているものの、手掛かりは掴めていない。 

 その為愛知県警の捜査本部としては焦りが募るばかりだった。そうした状況下では、的場を始めとした各部署との情報共有する辻畑達の役割も徐々に少なくなっていった。

 大阪では依頼主であろう栗山の死により、実行犯を探すしか手がない。神奈川でも依頼主が少女だと判明したものの情報は出尽くし、その上実行犯が死亡している。

 そうなると最も期待できるのは東京だが、主導する警視庁が早期から手掛けたにも関わらず、捜査は足踏み状態だ。それに例え麦原陽一郎を落とし依頼主としての証言が取れたとしても、ネット上等でのやり取りは何も残っていない。そこから実行犯を逮捕出来ればいいが、これまでの捜査から考えれば相当困難が予想された。さらに警視庁が事件の解決の目処を立てられなければ、新たな情報が流れて来ない恐れは十分ある。

 そこで辻畑は独自で動こうと思いついたのだ。きっかけは、事件の全体像を把握していく内、もし自分が刑事でない一般人だと仮定し想像した時の想いだった。闇サイトの存在を知ったらどうするかと真剣に考えた際、母が死ねばどれだけ楽かと一瞬頭を過った自分にゾッとし自己嫌悪に陥った。

 けれど冷静に思い直すと、我が家の状況は闇サイトの被害者達との共通点が多いと気付く。つまり闇サイト運営者からすれば対象者になるのでは、と考えたのである。よって内に秘めた醜い本心を理性で押さえつけ、一市民として書き込もうと思いついたのだ。

 考えようによっては警察が避ける傾向の囮捜査扱いになるかもしれない。また警察官は、SNSなどのアカウントを取り書き込みする行為は基本的に禁じられている。職務上知り得た情報等を外部に漏らせば、公務員法違反で罰せられるからだ。

 けれどあくまで全くの匿名で一個人として身分を明かさず、プライベートな事柄のみを書き込むだけなら問題ない。実際、辻畑は自宅介護で同じく悩む人達が開いたサイトを使用していたからだ。そこにアクセスし悩みを相談したり、困ったケースが起こった際に解決策がないかと検索したりして役立てていたのである。

 そう言えば、時々死んで欲しいと思う等の書き込みをサイトで見た記憶があった。その時は例え頭に浮かんでも、こんな場に文字で残すのはどうかと眉を顰めた気がする。

 現に他の利用者から馬鹿な考えはしないようにと諭され、注意を受けていた。前向きに解決する為のサイトだから、弱気になるのは分かるがその壁を乗り越え励まし合おうと宥める人もいたはずだ。

 もしかするとあのような書き込みを、闇サイト運営者が見つけターゲットを探したのではないかと辻畑は考えた。神奈川の少女も、通常の一般的なSNSサイトに書き込んでいたという。どうやら年齢を偽りアカウント取得していたそうだ。

 そこから知らぬ間に、闇サイト運営者とのやり取りが始まったと聞いている。幼い子供達が殺害してくれる危ないサイトを、自ら検索するとは思えない為に嘘ではないだろう。そうした情報から、何気なく書き込んだコメントを見つけた闇サイト運営者が誘導しているのではないかと推測できた。よって一度試してみようと思いついたのだ。

 網にかからなければそれでいい。ただもし目に留まりサイトへ誘われれば、実際実行されずとも経過を体験出来るだけで十分だ。また本当に途中のやり取りが消えるか、証拠を残せないのか検証できれば成果となる。 

 現在供述しているのは幼い少女の為、細かい点が明らかでない状況が捜査の進展を妨げているのも確かだ。東京で麦原が供述し始めればいいが期待は出来ない。そこをどうしても知りたければ、自らが依頼主になるしかないのではないか。辻畑はそうした想いから逃れられなかった。もちろん危険はあるし、本部に知られれば処分対象となる恐れはあった。 

 その為一緒に動いている尾梶を巻き込んではいけない。そうは言っても何かあった場合、情報を残し伝える為にも信頼できる協力者が必要だ。その為彼に少しだけ匂わせた。上手く話が進めば途中で種を明かし、状況によっては手伝って貰わなければならない。何事も一人で捜査をするのはリスクを伴うからだ。

 そこで辻畑はまず、これまで使っていたサイトのアカウントをそのまま利用し、心の内に溜め込んでいた辛い出来事を書き込んだ。ここではあくまで匿名の為、誹謗中傷や名誉棄損または殺人予告等を記載しない限り、情報開示請求され身元が判明する心配はない。 

 また別のアカウントを作り書き込めば、闇サイト運営者に怪しまれるかもしれないと思ったからだ。それでも一つのサイトだけでは網にかかる確率も低い。よって利用者数の多いSNSに初参加して同じ文言を載せた。新しいものでも、長く使っていた既存サイトと全く同じ書き込みなら同一人物と分かる。それなら疑われ難くなると考えたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ