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*記者③

「ちょっと声が大きすぎます。お金の件はまだ正式に公表されていない事案です。あなたが情報を入手した事実はもう消せませんが、お分かりのように口外されては困りますよ」

 並木に咎められ、私は軽く頷いた。

「分かっています。だからこれまでも書いていません。もちろん警察関係者以外の前では話題にもしません。それより捜査本部は、理恵の件を一連の事件に含めないつもりですか」

 横にいる所轄の刑事よりも、私が裏事情に詳しいとよく理解している彼は誤魔化せなかったのだろう。溜息をつきながら言った。

「例の物がないので正式には外されています。ただ私から上に相談し、一連の事件の捜査における参考事案扱いにはなりました」

「参考事案ですか。まあ完全に外されるよりはマシですね。少なくとも並木さんの頭の中では関連付けられていると聞き安心しました。実行犯を追う際、その点が抜けていれば逮捕はさらに遠くなるでしょうから」

「分かっています。例え関与していなかったとしても、基本的に捜査方針は同じです。ただ単なる押し込み強盗だと決めつけていたらこれまで同様、実行犯を逃がしてしまいます」

 闇サイトによる殺人依頼事件と認定され公にされているのは、現時点で十件に及ぶ。東京、神奈川、愛知、大阪の他に群馬、長野、広島、福岡と全国各地に広がっていた。しかしそのいずれでも、実行犯はまだ逮捕できていない。ちなみに認定されていない事件、事故でも関与している可能性の高いものが相当数あると、私はもちろん警察も承知している。 

 被害者遺族兼依頼主が警察などの捜査が入る前に一千万円を隠し、事情聴取でも虚偽の供述をしていれば調べようがないからだ。強いて実行犯だとほぼ特定できたのは、大阪での被害者遺族兼依頼主が神奈川で実行犯となり死亡した栗山だけだ。それも証拠が不十分な事情もあり、正式には被疑者死亡での起訴すらできずにいる。

 被害者遺族の中に依頼主がいると未だ警察は認めていない。だがマスコミ関係者間では公然の秘密となっていた。何故なら転居した遺族を、警察が執拗にマークしていると明らかになったからだ。

 けれど報道規制が敷かれ、余程確信のある証拠が出ない限りあからさまな犯人扱いはしないようお達しは出ている。僅かな証言を頼りにしただけの捜査で、確かな証拠を掴めていないといった背景がそうさせていた。そんな裏事情を知る記者達の多くは遺族感情やその人権を守る観点により、表向きは警察の指示に従っていた。

 だが大衆の興味を引き部数を伸ばしたい、またはネットの閲覧回数を増やしたいマスゴミと呼ばれる一部は面白おかしく書き立てていた。その為世間の目が厳しい状況下に置かれ、また監視も厳しいからだろう。依頼主が実行犯として動いた形跡はまだ掴めていない。 

 それでも関連する事件は他にあると思われていた。闇サイト以外の通常の書き込みでも、殺人依頼と思しき記載が後を絶たないからだ。一連の事件で使われたサイトも便宜上闇サイトと呼んではいるけれど、殺人依頼を書き込めるようなはっきりしたものではない。

 というのも捜査の中で明らかとなったのが、依頼主はそのような特殊サイトを探し出したのではないと判明していたからである。誰もが使うSNSに、死んでくれたらまたは殺してくれないかなと書き込み、サイト運営者と思われる人物がそれを見つけ話しかけ、別のサイトに誘導していると分かった為だ。

 そのサイトは事件発生前に消去され、やり取りや履歴等の痕跡が残らない特殊なアプリを使用していたと分析されているが、サイバー本部の追跡、捜査はそこで止まっていた。

 理恵の殺害が一連の事件と関連があるとすれば、これまで同様実行犯を捕まえるのは相当難しいだろう。それでも他の案件とは事情が違う。ただでさえ情報が不足しているのだ。 

 よって少しでも新たな側面から捜査できれば、何らかの手掛かりを得る確率は高まる。私はその点を期待していた。長い間一連の事件に関わってきた並木が同じく理解し、本部の上層部に進言しているのなら望みはあると思っていいだろう。用件は済んだ。

「では捜査に進展があれば教えて下さい。お待ちしてます」

 そう言って立ち去ろうとしたが、背後から怒声を浴びせられた。

「フリーの記者が偉そうな口を利くんじゃないぞ。十田とか言ったな。ちょろちょろ動いて捜査の邪魔をするならしょっ引いてやる」

 振り向き反撃しようかと思ったが、並木が宥め何やら話している様子が見られた為、敢えて無視をした。しばらく経ってから後ろを向くと、こちらに頭を下げている姿が見えた。 

 上手く説明してくれたらしい。それで十分だと思った。警察や記者という立場の違いや個人的な面子など、今は二の次だ。重要なのは一連の事件の謎を解明し、一刻も早く殺人の連鎖を止めることである。両親や配偶者もおらず天涯孤独の身で、その上一度職を失いフリーとなった私にとっては、第二の人生の残りを全て賭けると決めた事件なのだから。

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