*記者②
すると彼の横にいた、所轄刑事で相棒と思われる男が口を挟んだ。私の知らない若い捜査員だったから、最近刑事課に配属されてきたばかりなのだろう。しかもその口調は、並木から何も聞かされていないと分かった。
「あんたが書いた記事の通り、確かに猪川家で起こった三年前の案件は、闇サイトによる殺人依頼事件だった点は認める。だがその依頼主が殺された理恵かどうかは不明だ。しかも実行犯にならなかったから殺されたなんて話が飛躍しすぎだろう。前例がない」
彼が口にした、私が書いた記事の内容はこうだ。
― 六月十日深夜、名古屋市中区の自宅で飲食店勤務の猪川理恵、四十七歳が何者かに刺殺された。事件の二日前から四泊五日の修学旅行に出かけていた十二歳の子供と被害者は二人暮らしをしていた為、事件当夜は一人だった。犯人は何らかの手を使い被害者宅のドアを中から開けさせ、包丁のような刃物によって一撃で胸を刺し逃走。部屋は物色された形跡がなく、盗まれたものもない様子から物取りの犯行でないと中警察署は判断。怨恨の線で捜査を進めているものの、犯人の手掛かりは未だ掴めていない。
しかし記者は今回の事件が単なる殺人事件でないと考える。何故なら被害者は、未だ世間を騒がせながらも解決していないあの闇サイト殺人依頼事件の被疑者だったからだ。
当時被害者は四十四歳で今とは違いスーパーでパート勤務をしており、まだ七歳だった子供と七十八歳の義母、節子と静岡市で三人暮らしをしていた。というのも七年前に夫の保が運転し助手席に座る節子と街を走行中、トラックに追突された。そこで夫だけが死亡し、彼の母親の節子は足に後遺障害を負い車椅子生活を余儀なくされたからである。
大黒柱の夫が亡くなり、その上介護が必要となった義母と子供の世話で、当時の被害者は精神的にかなり参っていた。けれど事故から四年後、被害者と子供の留守中に介護されていた義母の節子が自宅で首を絞められ殺される事件が起こったのだ。当初は何者かが部屋に押し入り、寝ていた節子に気付かれ殺害したのではないかと思われた。
だが記者の取材により、これは闇サイト殺人依頼事件に関与していると判明したのだ。そこで依頼主は誰かと調べる内に、今回の被害者である理恵ではないかと睨んでいた。
けれどその被害者が今回殺された為、不審に思いさらに取材を進めると彼女の生活は相当荒れていたと分かる。義母の死後、子供を連れた被害者は東京、横浜、名古屋と住所を変え、生活費は夫達が被害に遭った事故で得た保険金等を使い全く働いていなかったのだ。
しかも複数の男性と関係を持っていた事実も判明。また小学生の子供に対しては、ほぼ育児放棄も同然だった。だがここに来て貯金を使い果たし、懐が寂しくなったのだろう。その為スナックで働き始めたらしいが、そこでも自堕落な生活を続けていたと思われる。
そんな状況下で被害者が殺された為、当初記者は息子が母親の殺害依頼をしたのかと疑った。しかし警察の捜査により、闇サイトの事件とは関係がないと判断された。よって思い過ごしかとも考えたが、記者がかつてから抱いていた疑問が頭を過った。
それは闇サイト殺人依頼事件では、依頼主が後の実行犯になる法則だ。警察は公式に認めていないが、記者の取材によりかつてある地域で発生した事件の依頼主が、後に別の県で実行犯となった事案を掴んでいる。けれど全ての依頼主が実行犯になるとは限らない。闇サイト運営者はそれも織り込み済みなのかと考えていたが、そこに違和感を持っていた。
そもそも介護やDV等で苦労している人物が、闇サイト運営者により実行犯と結びつけられ救われる点がこの事件の特徴だ。けれど今回の被害者は邪魔な人物を排除しながらその後自堕落な生活をし、子供という新たな被害者を生み出している。
そんな状況を闇サイト運営者は見逃すだろうか。殺人リスクを負う一連の事件でそれが許されるなら、一体どんな基準でサイト運営者は依頼主の望みを叶えるのかが分からない。
けれど今回の件で、余りに逸脱し実行犯にもならず自らの苦しみから脱する為だけに闇サイトを悪用した人物は処罰されるのではないか、と記者は考えた。ならば筋が通る。
現に依頼主でないが、被害者の死亡で子供は親を失うハンデは背負ったが、禄でもない親から解放された。そこはこれまでの闇サイト殺人依頼事件の遺族と共通する点だろう。
記者はこの推論を単なる妄想だとは思わない。警察がこの点をもし否定するのならば、是非実行犯を逮捕して証明すべきだろう。それができないなら、闇サイトに繋がる事件として捜査しなければ、永遠に犯人は捕まらないはずだ。実際一連の事件における実行犯を生きたまま逮捕した者は誰もいないのだから。文責 十田 月―
私は反論した。
「三年前の事件が一連の事件なら、依頼主は今回の被害者しかいません。十歳になった今なら否定できませんが、当時七歳の息子、陸がと考えるのは少し無理があります。今回の事件を一連の事件と関連性はないと警察が否定したのは、一千万円が置かれていなかったからですよね。それでも手口はかなり似通っています。そう考えれば私の見解が、決して的外れではないと並木警部補なら分かりますよね」




