第二章~尾梶⑫
隣室の聴取は一旦休止した。任意の場合は通常、一回当たり一、二時間程度で終わる。長期に渡れば人権問題に関わるからだ。しかも今回の被疑者は未成年だから当然だろう。
それでも恐らく時間を置かず再び行うに違いない。そう思った時、
「では今日はこれで終わりますが、明日もう一度来て頂けますか」
と捜査員が告げていた。だが母親はきつい口調で抵抗を示した。
「航は今、受験を控えています。そう何度も時間を割けません。お断りします」
「事情は理解しています。しかしこれは殺人事件ですよ。しかもあなたの恩人のお姉さんが被害者だ。犯人を捕まえたいとは思いませんか」
「だからと言って、あたかもこの子が関係しているかのように疑われるのは心外です。これはあくまで任意ですよね。捜査協力はしますが、犯人扱いするならお断りします。少なくとも受験が終わるまでそっとして下さい。ただでさえ姉が殺され動揺しているんです」
言い分はもっともだ。高校受験は私立なら今月の末から二月頭に集中している。よってもう余り日がない。また愛知県内の公立は主に地域で二つに分かれ、どちらかを第一志望、もう一方を第二志望に出来る。今年だと試験は一回で二月二十二日だが、Aグループの面接が二月二十四日、Bグループが二十七日だ。さらに欠員が出た場合の二次選抜は三月十五日に試験がある。
出来ればサイトのやり取りを少しでも早く多くの詳細な情報を得たい。だが新たに余程の証拠が挙がらない限り、一貫して否定する未成年の遺族に対し、これ以上拘束すれば県警は非難されてしまう。
それなら再来月の十五日以降まで、約一ヶ月半は別の捜査に注力し、彼の聴取はその後再開するしかない。逃亡される恐れも現時点ではない為、少なくとも現在続けている一千万円の鑑定が終わるまでは安心できる。ただ長くは押収できない。警察が証拠品と主張する根拠は、神奈川の少女の証言などしかなく余りに希薄だ。
よって返却を求められれば応じざるを得ないだろう。せいぜい来月までと考えれば、再来月の受験後に県外への高校へ進学される可能性は高い。そうなるとその後の対応を含め、早々に本部と打ち合わせをしておく必要がある。
やはり予想していた通り上にお伺いを立て、次の聴取は受験が一段落する再来月の十五日以降にすることで、結論を得たようだ。捜査員と共に出て行く様子を見送り、尾梶達も部屋をあとにしようとした際、辻畑に声をかけられた。
「早速的場さんと話した件を本部に伝えよう。俺も同席するが、説明は尾梶からしてくれ」
「分かりました」
そうして二人は上層部のいる会議室へと向かったのだった。




