第二章~尾梶⑪
「そう的場さんに思わせてどうなるのでしょうか」
「あっちは警視庁捜査一課刑事の警部補様だ。情報不足とはいえ、階級も下の所轄刑事に先を読まれたとなれば、それ以上の情報を出さなければ借りは返せないと考えるだろう」
「それで出し惜しみさせないよう、こちらを侮るなと釘を刺してけん制したんですね」
「ああ。俺でなく尾梶がすればより効果的だろう。こっちはまだ後ろに控えている。そう思わせられれば優位だ。ただでさえ向こうは合同捜査の指揮を取っている。他府県の事件より自分達の事件解決を優先させるはずだからな」
「なるほど。意図的に情報を隠させない為の駆け引きですね。さすが辻畑さんです」
「これで全てとは言えないが、隠される情報は少なくて済む。何かを伝えれば新しい情報や見解を得られると思わせた。お前のお手柄だ」
的場が策士と言った意味を理解した。尾梶を先に出した理由は他にもあった。こちらに情報がない場合でも、辻畑が控えていれば隠し玉があるかもしれないと深読みさせられる。
また実際重要なカードを持っていれば、相手の出方を見ながら出す事も可能だ。多くの情報を集約する部署の刑事が相手なら、それくらいの駆け引きは必要なのだろう。事実、的場も他地域に転居した際の手を既に打っていた点を隠していた。
さすがはかつて捜査三課に所属していた折、あらゆる窃盗の手口を研究または自ら学び、犯罪を実行する際の犯人の「手口」や「癖」を元に捜査する手法が得意だったといわれる彼だ。こうしたやり取りは、彼の経験と知恵があるからこそ思い付くのだろう。
尾梶ではまだその域に達していない。やはり彼と組めば学べる点は沢山あった。その上昇進試験を受けろと発破をかけられている。その為試験勉強はそれなりにし始めているが、上司の推薦も必要だ。そうした実績を積む布石も打ってくれたのだと感謝した。
けれど的場の最後の忠告が気になる。動向に気を付けろというのは、尾梶に対しても全てさらけ出さない可能性を指摘していた。現に少し前、闇サイトについて警視庁とは別の角度で情報を集めるしかないと言いながら、詳細を教えてくれなかった。
つまり彼は明らかに秘密を抱えている。先程は話題を変えられ、そのままにしていたけれどその点が気になり、率直に尋ねた。
「そう言えば、さっき口にされた別角度の捜査って何ですか」
彼はニヤリと笑った。
「的場さんに、意思の疎通と情報の共有をしっかりするようアドバイスされたからか。さすがだな。なに、捜査と言うほどのものじゃない。例の記者と接触して情報を得ることさ」
「あの女性記者ですか」
「そうだ。的場さんも言っていただろう。他に関係があると疑われる事件がいくつか挙がっていると。だが合同捜査として扱えない状態だから、詳細は教えて貰えなかった」
「大金の存在が確認できなかった案件ですね。なるほど。彼女なら把握しているかもしれません。ただリスクがありませんか」
「一千万円の件か。確かにそうだが、秘密裏にとはいえ合同捜査本部を立ち上げた事実を把握されてしまえば、遅かれ早かれ知られる可能性は高い。もちろんこちらから言うつもりはないが、今後の口止めも兼ね接触しておく必要はある」
「その上で彼女が掴んでいる情報を聞き出す訳ですね」
「ああ。だがある程度裏が取れるまでは、的場さんにも黙っておいた方がいい」
「いいんですか、そんなことをして」
危惧した尾梶がそう確認すると、彼は意味深な笑みを浮かべた。
「切り札は取っておく必要がある」
「信頼関係が崩れると、その後の情報交換に支障をきたすのではないですか」
「何を言う。俺達の関係だって同じだ。お前が俺に何の隠し事もなく全て伝えているはずがない。もちろん意識せずわざわざ言わなくていい事情だってある。違うか」
ドキリとした。誰にも相談できずにいる案件がまさしくある。この人は何を知っているのかと訝しんだが、頭の中で否定した。気付いているのではなく、誰しもが抱える問題と言っただけだ。
「そ、それはそうですが、仕事上の情報を隠すのは良くないと思います」
なんとかそう口にすると、何か思い悩むような素振りを見せた。
「確かにそうだ。事件の早期解決の為には、相棒との信頼関係がなければ支障が出る。一人で抱えるには危険だ。協力が必要だと思った時は相談する。だが少し待ってくれ」
もっと詳細を聞きたかったがそこで止めた。どうやら別角度の捜査と言ったのは、あの記者の話だけではなさそうだと感じたからだ。それでも本当に隠したいことなら、何も匂わせずにいただろう。悟らせた上で状況が許せば打ち明ける、というのなら信じればいい。
ただやはり彼の動きは注視した方が良さそうだ。その上で何かが起これば、すぐ対応できるようにしておけばいいと思い直す。
「分かりました。でも絶対ですよ」
「ああ」




