ダークエルフとの交流 芸術
また別の日のこと。
「やはりエルフにこの芸術性は分かるまい」
壊された作品の前でああでもないこうでもないと頭を捻らせるおじさん。
わたしとミリアは初日に壊してしまった芸術作品の修復作業を執り行っていた。
ハルナはわたしとミリアの隣でツッコミを入れるだけ。
ここで行う仕事と自身の常識がぶつかり合って、ショートしているとのこと。
面倒くさい性格をしていると思うわ。
ペンキの入ったバケツを抱えたミリアが真剣な眼差しでそれを眺める。
「私にはどう見ても落書きにしか見えないのよね」
「子どものラクガキに一億出す奴もいるし、そういう芸術性なんだろ」
「芸術って、騒いだもん勝ちなのね。あんたもああいうの描くの?」
ミリアはわたしの顔を見ながら問いかけてくる。
わたしは頭を悩ますこと数秒、本当ことを白状する。
「描かないわ。面倒くさいもの」
「お前も同じく分かっていないだけだろ」
何か大物でも狩った後みたいに、ハルナはにやにやといやらしい笑みを浮かべる。
わたしは素知らぬ顔でハルナの挑発を受け流す。
「ダークエルフ全体が取り掛かっているテーマは分かるわ」
「なんだよそれ」
「解放よ」
ダークエルフは全体的に、解放を主軸として作品に取り組むことが多い。
その解放が何を意味しているのかは分からない。
けれど、作品からは時々野性味あふれる荒々しさとか、ありのままの自分を訴え続けているのを感じる。
地球の部族がどういった物を主軸において芸術を嗜んでいるのか分からない。
少なくとも、ことダークエルフという種族においては解放をテーマにしている。
わたしはおじさんの絵を見つめながら、百年間過ごしてきたダークエルフの性質を信じて、言葉を紡ぐ。
「だからあのおじさんはきっと、この思いで作っていると思うわ」
「解放だろ? なんだ……。ここから出たいとか。苦しみから解放されて自由になりたいけど、それができない葛藤とか。その思いを作品にぶつけたいとかか?」
「惜しいわね、多分あのおじさんはこう作りたいのよ」
おじさんは作品の素材を折ったり、曲げたりして幾重にも重ねていく。
指先が器用でないとできないことも、さも当然とばかりにやっていく。
そしてあの目。あの作品に対して全集中を注ぎ込んでいる、あの目。
止まっている獲物を一撃で仕留めるスナイパーのような気迫。
あれが意味するのは恐らく。
「ダークエルフ以外の女の子も抱きたい。そして寝取られて脳破壊されたいけど、人生の中で何度も伴侶を変えるような性に奔放な種族はこないし、いたとしてもモテない怒りや苦しみを、作品の中ではと発散——」
「長いわ! あと散々もったいぶって結局性欲かよ!」
「ダークエルフにとって性行為は最も神聖な儀式よ?」
「なんで女として生まれ変わったんだよ、おれー!」
痛い。
ハルナに頭をビンタされた。
ついでに胸倉を掴まれて揺らされまくる。
わたしの服、下から胸が見えるタイプだからそんなに揺らされると肌色成分さらに増すのに。
「気が散るから黙っておれ!」
叱られた。
ハルナから始めたことなのに。
ハルナから解放されたわたしは、ふとミリアの手が震えているのに気が付いた。
わたしはそのすぐ隣でミリアの持つバケツを指さす。
「持とうか?」
「いいわ。自分で蒔いた種だし」
自嘲するかのように言うと、ミリアは胸の前でバケツを抱えなおした。
わたしは数秒間ミリアをじっと見つめた後、自分の持ち場に戻った。
おじさんは魔物の素材を手に頭を掻きむしる。
かと思いきや突如天啓が降りてきたとばかりに目を見開いた。
「そこのエルフ嬢、ちょっとこっちに来い」
怪訝そうな顔つきで首を傾げたミリアは、それでもおじさんの言われた通りにする。
おじさんは近づいてきたミリアに懐から金槌を取り出す。
「破壊してくれ」
絞り出すように言った後、苦し気な表情でミリアに金槌を握らせた。
「急にどうしたのよ。これ大事な物なんでしょ」
「ああ、だがこいつに拘るのもなんだか馬鹿らしく思うてな。いっそ何も無い方が新しい作品を手掛けそうなんだ」
おじさんは「だが」と壊れた作品を見やる。
「こいつは俺が手掛けたいわば嫁のような物。自分で壊すのは決心がつかなくてな」
「けど元はといえば壊したのは——」
「良いのだ。ひとつに固執する方が成長への道を閉ざしてしまう。一思いにやっとくれ」
ミリアは手に持った金槌に目を落とす。
手に力を込めて悔しそうに歯噛みする。
その時、ぽろっと「壊しにくいじゃない」と溢したのをわたしの耳が披露。
最終確認のためかおじさんを見て、頷きを返される。
一言小さく、「ごめんなさい」と呟いてミリアは作品に金槌を入れた。
わたしはそれを淡々と眺めるのみ。
変に思い切りが良いというか、性格が良いというか。
ミリアが作品を壊すたびにおじさんは何か惜しそうな顔で手を伸ばす。
やがて作品だったものの残骸を手に取ると、胸に抱きしめて涙を零していた。
狼狽えるミリアの肩にわたしは手を置く。
「お疲れ様」
「……良い種族ね、ダークエルフは」
わたしはミリアの肩をもう一度数回叩く。
ミリアはわたしの手を払いのけると、面と向かって言ってくる。
「だから失礼なんじゃない? あんたのその態度は」
「かもね」
けど相手が喜ぶのならそれでいい。
一番大事なのは相手がどう思うかである。
ミリアはおじさんの近くに金槌を置き、わたしに向かって舌を出すと次の目的地へと歩き出した。
その途中、ハルナがわたしに問いかけてくる。
「本当のところ、なんであのおっさんはミリアに破壊させたんだ?」
「それは多分よ? あのおじさん、近所でも有名な彫刻寝取られと極度の破壊性愛だからだと思うわ。あんなこと言っているけど、自分ではなく他の人の手で破壊されることに興奮するおじさんだから。たまにわたしもやらされるわ」
「……レベルたけぇな」
そんな会話を繰り広げながら、わたしとハルナはミリアの後ろ姿を追いかけた。
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