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夕暮れ時の怪談 魔人アンヴィー

「――ミーツケタ――ッキャハハハ」


 その声が聞こえたのは本当に突然だった。お昼過ぎに少しだけ魔力を放って“魔”を呼ぼうとしたら呼びすぎてしまい、対処を頼んだケイオスがずっと上空に昇ってから……はや数時間。

茜色に染まりつつある空の下。ボーっと石に腰かけて眠りかけていたルナのすぐ後ろから。

平べったく不自然な響きを持つ、高めの声が聞こえて来た。


 すぐにバッと振り返った視界を埋めたものは……真っ赤に塗りたくられた巨大な唇と、真珠で塗装したタイルのように、大きくて白い真四角の歯。

最初は近すぎてわからなかったけれど、驚きに少し身体を後ろに逸らしたことで相手の全体像が視界に収まる。


ぱっつんと真横に切りそろえた黒髪、後ろ髪は幾つかの団子にまとめて頭の上に。真っ白い肌、目を取り除いて、口を縦横3倍に引き延ばした顏。笑みの形に張り付いたままのその巨大な唇には綺麗にルージュが塗られ、大きな白い歯が鮮やかに真っすぐ並んでいて。

身体は女性のような形だけれど、極端に頭が大きく、首から下が小さく、胸は不自然に大きく、わざとらしい蠱惑的なミニのドレスを身につけ、背にはドラゴンのような爪のある黒いコウモリ羽……


誰かが趣味で作ったデタラメな人形だと言いたくなる姿のそれが、生き物らしく動いている。

「アラー? ドウシタノカシラ。ソノオクチハ飾リ?」


目を点にして硬直しているルナの顔の前に、彼女の両手が出されてひらひら振られる。その両の掌には、顔から取り除かれた金の目がパチパチと瞬いていた。


「魔人……?」

「セーイカーイ。アンヴィー様ッテ呼ンデイイワ~。ンモー、探シタワヨ、アナタズーット魔力ヲ隠シテタノネー?」


「私に、なな、何か用なの?」

「ンフフッ~? チョット付イテキテホシイ所ガアルノヨ~。大丈夫、5分、イエ、5秒デ済ムワ」


妙にひょろっと細長い腕を振ると、彼女の隣に金色のドアが現れ、彼女はそれをガチャッと開いて中へ入るように促してくる。

扉だけが地面から生えていて、開いたその空間は暗くゆらゆらと揺らいでいるという光景。


チラッと空の方を見ると、ケイオスはまだ食事中っぽく、こちらを見ていない。

アンヴィーはさぁさぁ、と目玉の付いた両手で手招いて、ルナを扉の方へ促してくる。

急にガシッと掴まれて問答無用であそこへ放り込まれるようなことだけは勘弁してほしいと強く願ったのが通じたわけでもないだろうに、一切触れてはこないことが逆に不気味だ。


「サーコッチニイラッシャーイ。トォォッテモ楽シイワヨ~?」

「いやいや、無理無理無理っ、何か知らないけど、そんなところに入りたくない!」


途端。笑顔の形に固まっていた巨大な唇が、グイッとへの字に歪み、苛立ったように彼女の周りに金の粉が波立ち始める。

「サッサト入レッテイッテルノヨォォッ!!」

「ヒッ」

「優シク言ッテヤッテルウチニ、言ウコトキケッテノォォッ!」


強引に連れ去られるようなことはされなくても、完全に化け物の姿をした彼女の恫喝が怖すぎて直視できない。ぐいぐい迫ってくる彼女から逃げるように、ルナは頭を抱えてうずくまった。


「ひゃっ、やーっ! やだやだ! 助けてケイオス!」

ルナが叫んだ瞬間、周囲がいつもの闇に包まれる。

暗くなったことに気付いてチラッと横目で見てみると。アンヴィーと名乗った彼女の身体は、見えない何かに捕まっているようで、動けないまま、おにぎりでも握るように全体をぐいぐい圧縮されて丸められていっている。


「チィッ?! ッコノ、アンタタチィッ! 覚エテナサイィッ」

暴れようとしてはいるようだが、どうにもならない様子でぐいぐい握り込まれて、みるみる小さくなったそれは、本当におにぎりのようなサイズになりつつあった。


「ギィィ――アァァァ!」

粉袋が爆発したような、ボオッフッと重い音と共に、その身体が金の粉になってはじけ、周囲の闇にしゅるりと飲み込まれてしまう。


すーっとケイオスがルナの目の前まで降りてきて、ルナの頭を軽く持って顔を上げさせる。

「今、あれに何かされたか? 先に、毛の一本でも触れたら食うと言っておいたが」

「ごめん、何かされたんじゃなくて、脅かされて怖かっただけ。魔人ってケイオスしか知らなかったから、あんな怖いのがいるなんて思ってなかった」


頭を掴んでいる手がそのまま、わしわしと頭を撫でて。ケイオスが笑んだ。

ルナはそんな顔を見て、ようやくホッとして。身体から緊張が抜けて行く。

「お前は俺相手にも全然引かないからな。あれくらいが相手なら、押しに負けてついていくようなことはないと思って放っておいたが。怖かったなら、すぐ呼べばよかったのに」

「あー、正直怖すぎて声も出なくって……でも、本当に危なかったら呼ばなくても来てくれるつもりだったんでしょ? ありがとね」


「危なかったらではなく、危なくなると思っていなかった。さっき来ていたのは魔人本体じゃない、魔力で作った人形だ。本体もさほど強くはない」

「そうなんだ……ケイオスって、あのアンヴィーって魔人と、知り合いなの?」

「そうだな。あれは強くはないが本体の逃げ足だけは速い、面倒なやつだ」

「あいつ、私のことようやく見つけたって……どこへ連れていくつもりだったのかな」

「お前と俺の間の魔力のつながりを一時的に切るために、別の空間へ行かせようとしたんだろう」

「え゛」

「俺から奪い取って、自分の人形にしたかったんだと思うぞ」

「ひぇっ」

「あれは恨みがましくてしつこいから、また来るだろう。俺から離れない方がいいかもしれないな」


思わずぶるっと身体を震わせて、チラチラ辺りを見回してしまう。

「この暗いとこから出るのが、怖くなっちゃいそうだわ」

「ん、出なくていいぞ? 外が怖いなら、魔獣を呼ぶ時以外はずっと俺の中に居たらいい」

「……俺の中?」

「最初に会った時、ルナはあそこに乗っかっていただろう?」

黒い部分の上の方を指さす仕草に、視線をそちらへ向けるけれども。そこは黒い空間があるだけに見える。


「あー……背中ってあそこ? え、じゃあここにいるケイオスのここは?」

思わずぺたぺたと手を伸ばして無遠慮に触ってしまう。

「背中だが?」

「んん、ごめん。よくわかんない」

「ルナの右手も左手も手だろ? 俺のそこもここも背中。――別に分からなくても問題ないけど、理解したいならゆっくり説明しようか」


「一回聞いてみていい?」

「俺の身体は俺の魔力そのもので、詰めればこの人型の部分に全部入る」

「……う、うん。続けて」

「この人型は本体の核のようなもので、ここだけは人間に近い構造をしている。それ以外の部分は形や大きさも変わるし、見たり触ったり出来ない状態にも出来る。大体丸い形が基本で、俺の感覚でいうと、上半分が背中で、下半分は手足や目なんかの役割をしてる」


丸くて透明になってふわふわ空を飛んで、下から手や足がわっしゃー……クラゲかな?


「あれより丸いけど、似てるところは多いな。クラゲで問題ない。この人型と本体は繋がってるけど、そのクラゲの足の部分がどこまでも伸びるから、お前を中に入れて周囲から姿を消した状態で、人型だけ出掛けたりも出来る。そんな感じで理解できそうか?」


「なるほど、って――ケイオス! また人の考え勝手に読んでるでしょ、止めて?!」

「急にどうした?」

「私が考えを上手く言えない時だってあるけど、考えてることが筒抜けって恥ずかしいの!」

「慣れろ。あぁ、人間の精神で俺の思考を浴びたら壊れそうだし、ルナには直接読ませないけど」

「いやいやいや慣れろじゃなくて、止めてってばっ!」


ははっと笑ったケイオスは、おもむろにルナを抱きしめて顔を覗き込んできた。

「ルナが時々俺の顔見て色々考えてるのはもう知ってるから、今更照れなくて良いじゃないか」

「ふっぎゃぁぁぁあ?!」

「っぷは、あはは……!」

「ひぃやぁぁぁ」


耐えきれずに両手で顔を覆ったルナのうめき声と、やたらと楽しそうなケイオスの笑い声は、辺りがすっかり暗くなるまで続いていたのだった。

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