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旅立ち

 ひとまず落ち着いたルナは、改めて周囲を見回した。眼下でルナたちを探し回っていた父親と弟は、既に諦めて皆の方へ戻っており、朝食の為の狩りや火起こしなど、いつもの作業を始めていた。


向こうから見えないままで良いからもう少し近付いて皆の顔ぶれを確認したい、という願いだけは許して貰えたので、食事の場に揃った全員を見て回る。


意外なことに、人数が欠けていたのは最初に物音がしていたルナの隣のテントに住んでいた父親と息子の二人だけで。

多少、手首や足首に布を巻いている女性もいるけど、怪我としてはルオの首が一番重症に見えるくらい。


どうやらあの矢は麻酔弾で矢じりも殺傷力が低いものだったため、当たり所が悪くても見た目ほどの傷ではなかったのだそうだ。


隊長が入った方のテントは男性が2人とも殺されて、母親の方は縛られていたけれど。別の二人組の方は、若い女性たちだけのテントを最初に見つけたので。縛って逃げられなくした後、つまみ食いをして遊んでいただけだったので、死者が少なかった。と、いうことだったらしい。

被害を受けたと思われる彼女たちの表情はいつもより少しだけ暗いけれど、絶望というほどひどくはないように思う。


むしろルオと父親の方が、色々な人達から話しかけられて、たびたび辛そうな顔をしている。

既にルナは死んだことになっているだろうから、皆と思い出話をするのだ……

自分が死んだあとの家族を、姿を消して見ているのは変な気分だった。


ケイオス曰く。父親は早朝に“魔”の色をした魔人と思しき何者かにルナが抱えられていて、すぐ姿を消したことを、一瞬だったが絶対に見たと皆に説明したらしい。

昨夜、不可解に魔獣の群れが消失したこともあり。おそらくルナはどこかで魔人に出会い、皆を救うために贄として働いてくれたのだと断定されているという。


――そして、まだ習っていなかったけれど。

銀花の民の掟として、魔人に捧げられた贄は、例え生きているように見えても死者であり、一切関わってはならないというものがあったのだそうだ。

夜にそのまま会いに行って、魔人の贄になったことを話したなら、その場でお前はもう死者だ、掟だ、と追い返されていただろうし……それはもう傷付いただろうと自分でも予想がついた。

ケイオスが、最初から会わないでいる方がいいと言った言葉は、正しかったんだと思う。


思った以上に皆が無事で、安心したのが顔に出ていたのだろう。


「さて、お前の憂いも晴れたようだし、もういいな。――ルナ、俺は久しぶりに強い奴を探しに行く。あの穴で一人で待つのはつまらないだろう? 一緒に行くか」

「う、うーん、待ってるだけなのは確かに嫌だし旅の方が良い……でも、戦いに行くの?」

「もちろん」


すーっと高く高く、上に向かって昇っていきながら、周囲を見回して。ケイオスはどちらを目指していくか考えているようだ。


「平和に暮らしてる弱い人間をむやみに傷付けないって約束さえ守ってくれるなら、うるさいことは言わないつもりだけど……」

「あぁ、言った通り、別に弱い奴に興味はない。人間の中でも昔会った勇者は特別に強かったんだ。その辺の魔人じゃ勝てないくらいで、俺もあいつらに封印された。本人たちはもうとっくに死んでるだろうが、子孫でも何でも、また戦いたいんだ」

「勇者は……王家が勇者の血筋を引いてるって言われてるわ。世界が危機に瀕した時は勇者の血を引く王家が救ってくれるって、だから王家の人間は崇められてるの」

「なるほど。よし、王都周辺に魔人が出たって話だったし、まずはそこからだな!」


唐突に、周囲の景色がすごい勢いで後ろへすっとんでいく。周囲を包む黒いものは風も通さないし、飛ぶときの反動も感じないから、ただ景色だけが目まぐるしく流れていくようで、すごく変な感じだ。

王都までは徒歩だったら一ヶ月は掛かる道のりのはずだけれど……辺りを物珍しく眺めている間に、ぐんぐん近づいてくる城塞都市が見えてきてしまった。


「え、あれって……王都? もう??」

「そうだな。とりあえず今の勇者と魔人を探すだけだし、直接王宮に行ってこようと思う」

「ふえぇっ? いや、あなたがいきなり王宮に現れたら大騒ぎになっちゃうんじゃ」

「いちいち探すより、騒ぎになって向こうから出てきてくれたら、一番強い奴と戦えるだろ?」

「そうなのかな?? えぇ……いや、やっぱりダメじゃない?」


暫くそんな話をしている間にも、街の上空に差し掛かって速度を落としたのか、周囲の景色の流れが一気に緩やかになった。空からみる城下町はレンガ色の屋根と白い壁が連なって、街の中央の丘には立派な宮殿が建っていて。見ている分には凄く綺麗で可愛くてわくわくする。昼の準備をしている煙突の煙は数多く、行き交う人々も賑やかな雰囲気だ。


「ふわぁ……街ってこんなに賑やかなのね、すっごーい! 初めて来たわ。あの一軒だけ赤い屋根の家は何かしら、あっちの青い屋根の脇にも何か人だかりがあるし」

彼の腕から身を乗り出して、夢中で辺りを見回し、子供のようにあれこれ興味を示して楽しそうに騒いでいる。

「ルナは戦いには興味ないんだろう? 髪と目の色を変えておくから、少し歩いて来るか?」

「そんなことできるの?!」

「あぁ。お前の場所は魔力を辿ればいつでも分かる、好きに歩き回ってていい」


わぁぁ、と感極まって呟いたルナの顔を見ると、ケイオスはふっと優しく笑って、ルナの頭と瞼の上を手のひらで何度か撫でた。

銀色だった髪が輝くような、というか本当にうっすら光を放つ金色に。瞳も金色に変わった。

夜だったら淡い光でも目立つかもしれないが、日中の屋外なら大して気付かれないだろう。


「この辺りで良いだろう。どこまで歩いても良いが、なるべく建物の外に居ろ」

「わかった。建物の中には入らないわ」


今のように空を飛んでくるなら、屋外に居ないと見つけられないだろうし、素直に頷いた。

ルナは人の途切れた路地の角に降ろして貰い。飛び去るケイオスに手を振った。周囲の黒いものが去れば、ケイオスの姿は本当に幻のように消えてしまう。


初めての、人間が住む大きな街を歩く。

何から見て回ろうかわくわくする。お金は持っていないから本当に見て回るだけだけど、喉の渇きや空腹も感じない今、特に問題はないはずだ。


ルナの今の服装は、身軽なショートパンツにショートブーツと、皮のチュニック、腰の後ろにはサバイバル用の小ぶりなナイフと薬草や携帯食や水袋を入れるウエストバッグ。今は金色に変わっている髪は肩に着くくらいの長さを後ろで一纏めにしているだけ。レンジャー系の冒険者と言えば通じるだろう。


一つ大きく伸びをして息を吸い込む。慣れた緑の香りとは違って、人間と埃っぽさの混ざった人工的な臭いは心地いいとは思えなかったけど、文字通り異国の旅をしている気分になれた。


 まずは大通りを目指して、露店を冷やかしながら歩いていく。

客引きの声は明るく、行き交う人々にも活気がある。時々聞こえる噂話も新鮮で面白い。

酒場の新作の料理が旨いとか、どこそこの若旦那がようやく結婚するらしいといったものから、翼の魔人はあの時以来一度も現れていないとか。あっちの地域で魔獣が大発生したとか、隣の国に現れたと言われた聖女は詐欺師だったとかいったものまで。


ときどき詳しく聞きたいものもあったけど、まだいきなり他の人と直接話すのはちょっと怖い気がして、ただ聞くだけだった。


――ドスンッ

「うわっ?!」

ルナの真後ろに居た商人風の上着のおじさんが、軽く突き飛ばされた感じでルナにぶつかって来た。

振り返るとそのおじさんの向こう側、ルナの胸くらいまでの背しかない明らかな子供が、体当たりしたおじさんの腰に付いた巾着袋を引き抜いて、逃げようとしているのが見える。


スリだ。

「待ちなさいっ!」

迷わず、おじさんの横をすり抜けて男の子に横からタックルする形で抱きつきに行く。

「は、はなせよーっ!」

「駄目っ、今盗ったものを返しなさーい!」

街育ちのほんの子供の足でルナから逃げきれるわけもなく、男の子はあっさり捕まり、巾着袋はおじさんに返させて、しっかりと謝らせた。


即解決したことで、ルナはおじさんから何度もお礼を言われて、これでお昼でもと、ちょっと豪勢なお昼が食べられそうな銀貨二枚を貰う。

街の衛兵も一人だけ来たが、今回は厳重注意で済ませてくれるらしい。男の子はまだ小さいし、初犯の上に未遂ということで今回だけは見逃すが。本来窃盗は手首を切られるんだぞ、次にやったら見逃さないぞと本気で説教をしていて。男の子はべそべそ泣きながら謝っていた。


 男の子はロマーナと名乗り、城壁に近い所にある一軒だけ赤い屋根の靴屋の息子で、あの時にルナが出会ったロイの弟だった。

ロイが濡れ衣であることは明らかだったから、皆、彼はきっと暫く捕縛されるだけで落ち着いたら帰ってくると思われていたけれど。予想とは裏腹に即日処刑をすると遠方へ運び出され、更に連行していった兵団は魔獣に襲われて全滅したと報せがあって。

腕のいい跡継ぎの息子を失った父親はやけになって酒に走り、今はお店の家賃も払えなくなりそうになっているという。

ロマーナがスリに手を染めようとしたのは、緊急で現金が必要だと子供心に思ったのもある。けれど、まだ幼い彼が、急に優しい兄を失い、頼もしかった父も頼れなくなって、自暴自棄になった部分が大きいようだ。


残念ながらルナには財産などないし、靴屋の窮状はどうにもならない。衛兵のおじさんも直接なにかやってやれるわけではないが、自棄になっている父親としっかり話し合って、ロマーナが次の跡継ぎとして大人になるまでもうひと頑張りしてもらうしかないだろうと話し。

ロマーナももう一度父親と話してみる、と素直に決意を口にしていた。


本当に生活に困った時は保護施設を紹介してやるから、もう悪いことはするなよと話を終えて、衛兵は帰っていき、ルナは露店で食料を銀貨二枚分、ロマーナに買い与えて家まで送ることにする。

食べ物を貰ってすっかり警戒を解いた彼は、楽しそうに普段の様子や近所の友達の話などをルナに語り、街の中の案内をしながら先導していく。


「あ、ほら、あの赤い屋根が僕の家――っっ?!」

少年が向こうを指さしながら振り返る。その視線はルナの顔ではなく、少し上? ルナの後方を見ていて。カッと目を見開き、硬直した。


すぐ後に、ドーンと背後から爆発音のようなものが響く。


ルナも慌てて後ろを振り返る。

街の中央、高く盛り上げられた丘の上にそびえる王宮の大きな丸い屋根の一つが、思い切り齧り取られたリンゴのようにごっそり削れて穴が空き、煙を上げていた……

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