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夜明け

 夜が明ける、空の色が群青から茜色や薄紫を経て澄み渡る青へと美しく変化し、まばゆい光が全てを照らし出す。大地に色濃く描かれた痕跡は光に照らされてより詳細に見えるようになった。

けれど、ルナはいまだに両手で顔を覆ったままだ。流石に嗚咽は落ち着いたけれど、まだグズグズと泣きじゃくっている。


だから、ケイオスだけがそれに気付いた。

夜に人が集まっていた長老の大きなテントから、()()()()()()()()()()を抱いた男性が出て来て。ふとこちらを向いた直後、何かを叫びながら一直線にこちらへ走ってくることに――


***


 突然、ルナは周囲が真っ暗になったことに気付く。手で顔を覆っていようと、仰向けに抱かれているので太陽の光は明るかった。もしかしたら、ケイオスは泣き続けているルナを宥める方法がなくて、また穴の中に連れて帰ったのかもしれないと、手を外して周囲を見る。


違った。

穴の中に戻ったわけではなかった。確かに周囲を黒いもので包まれてはいる。でもここは変わらず空の上だと思う。黒い何かを通して、外が見えている。

眼下には朝を迎えた草原が広がり、遠くのキャンプ地も長老のテントからバラバラと人影が出てきており、そして、それよりずっとこちらに近い所で、何かを探すようにキョロキョロとこちらに視線を投げているのは――


「父さん、と……あれは、ルオ?! ルオ! 無事だったの?!」

叫んでみても返事はない。

それなりに離れてはいるものの、叫んだら聞こえない距離ではないと思う。反応の無さもそうだし、多分この黒いものはケイオスが何かしているとしか思えない。


バッと彼の顔を見上げると。彼は丁度真面目に考え込んでいる様子でこちらから視線を外していたけど、すぐにその真面目な顔のままルナと目を合わせてきた。

「今、向こうから俺たちは見えないし、声も聞こえない」

「……そう、みたいね」

「直接会わせるつもりはないが。あの2人の無事だけでも確認すれば、お前が泣き止むかと思った」

「うん。それは知りたかった。ありがとうケイオス……」


泣き止んだのは間違いないが、ルナはうかない顔のままで黙ってしまっている。

「――言いたいことは言えばいい」


「んっと、まず……私が皆と会うことで、どうして私が傷つくことになるのか、分からない」

「お前はもう人間としては死んだだろう? だか――」

「ふぁっ?!」

「なぜそこで驚く?」

「驚くよ?! 私が死んだってどういうこと?」

「俺のものになると言ったじゃないか」

「それは言った! 言ったけど、どうして――」


「あぁ、そういえば俺のものになるのがどういうことか、具体的にはわからないと言ってたな。銀花の民なら成人する頃には『贄』について具体的に習うようだが、お前は来年からだったか」

にやっと口元を歪めた楽しそうな顏と、からかうような口調。

「あれ、私、騙された?!」

「分からなければ聞けばいいと言った」

「ふぐっ、それは……むぐぅ」


反論できずに黙ったルナを見ている彼の目は楽しそうだったが。ふと真面目な顔で何事か考えるように視線が揺れた。

「――俺はお前と、贄の契約をしたつもりはない」

ボソッと紡がれた言葉は、話しかけるというよりひとりごとのように聞こえる。

「え? う、うん」

「だが、その方が理解しやすいだろう。お前は俺の贄になって、人間であることを捨てた。そして、俺はお前を貰った代わりに、銀花の民を魔獣と兵どもから守った。結果はそうだ」


ルナは彼に食いつかれた時のことをふと思い出した。もし、あの時……自分が食われる代わりに皆を助けてやると言われていたら。多分、受け入れただろう。一口であれだけ痛かったので、全身食われるなんて想像もしたくないけど。本当に、本当に。私のお肉が美味しくなくて良かった。


そこまで思い返してから気付く。お腹の傷、そういえば全く痛みとか感じないな? と。

チュニックを捲って確認……したいけど、相変わらず魔人の腕の中で今その確認はちょっとできない。皮膚がひきつる感じもないし、なんてったって彼は魔人だから、傷なんて舐めたら治るのかもしれない。実際あの時はケイオスが私のお腹の傷を――


「ルナ?」

考えに耽っていたら、顔を寄せられていた。思い出したシーンと近過ぎる距離に顔の熱が増して、思わず両手でまた顔を隠そうとしたけど、今度はルナの両手が見えない手に掴まれたように少し引き戻され、そこから動かせなくなってしまう。

「なっ、何ちょっと考え事してただけ、近いっ」

「考え事は口に出して悩め。言えないなら勝手に読む」

「言うのが恥ずかしい悩みだってあるのっ!」


「――あー、あれは俺とルナを繋ぐ契約印を付けてただけだ」

ほら。とルナのチュニックを捲り上げられる。

「恥ずかしいってば、読むなっふぎゃあぁっ?!」

「うるさい。ほら、これ」

おへそのちょっと下くらいに、思ったより小さく、金色に薄く光る丸い印がついてた。噛まれた跡なんて何もない。何が描かれているのかよく分からないけど、すごく細かい線を重ねた複雑な形が捻じれるように描かれているのが見えるだけ。


「わ、ほんとに印が――って、ちょっと、ケイオス?!」

「何だ?」

「なんだじゃないわよ! これが契約の印だとしたら、あなたこれ、私があなたのものになるって約束する前に勝手につけてたってこと?!」


「だから、贄として契約するつもりではなかったと言っただろう。お前がそれを受け入れるかどうかは、改めてお前に自覚させるために確認しただけだ」

「――っ!!」


 つまり気に入ったから、後からそれが対価だったことにして皆を助けてくれただけ。本当はそんなこと考えずにただルナに人間を辞めさせただけで終わりだったかもしれないの?

ナチュラルに対話してるから半分忘れてたけど、ケイオスは魔人だ。魔人は人間の敵、世界を滅びに導くもの、関われば滅亡しか生まれない存在だと聞いていた。


でも。


とげが刺さったように胸がズキリ痛む。ケイオスのことは、魔人は魔人だけど、彼は例外で優しい人なんだと思っていた。

それは本当にたまたま気に入られたのが幸運だっただけで、本当は人を人とも思わない酷いやつだったかもしれないってこと。


だけど。


今まで話してきた彼は……実際優しかった。

人間の敵だとは、ルナには思えない。何が本当か分からない。


何を信じれば、いいんだろう……


「ルナ。まずは魔人の贄になるって意味を教えておく。お前の身体は印を通して俺の魔力と混ざった。つまり、半分魔人になってる。お前は俺が死ぬまで絶対に()()()()。切り刻まれても燃やされても、なんなら魂の状態からでも、俺はルナを復元出来る」


うわぁそれは本当に、もう人間ではない。


「最初は、お前が俺のことを起こしてくれたからな。とりあえず死ななくしてやろうと思っただけだった。今は違う。俺はルナを気に入ってるから大事にするし、手放すつもりも無い。だからお前にはもう俺しかいないんだ。信じるなら自分自身か俺を信じろ」


実際その通り、だと思う。もう離れられないことが決まっている。たまたまだけど、彼はルナを気に入ってくれた。力を貸してくれたし、守ってくれようとした。皆のことだって、弟や長老の生存だって奇跡みたいだし、今も優しくしてくれている。

それは多分すごい幸運、間違いない。ケイオスを信じるべきだと思う。


でも。


「でも、なんだ? まだ、気になることがあるのか?」


ケイオスが、ルナ1人だけが大事で、他の人間は全部どうでも良くて、気分で全部殺したり印を付けて死なない玩具にするような魔人だったら、それは悲しい。


「なんでほかの人間まで大事にする必要がある? ここの仲間はともかく、他の奴らは銀花の民を勝手に利用して、逆恨みして、殺しにくるような奴らだろう」


本当は仲良くしたい。でも近付くのが適わないならせめて平和に暮らしたい、傍にいられなくても、離れても互いに幸せならそれでいい。

交わることが出来ないからって、彼らに滅びたり苦しんだりしてほしくない。


「理解できないな……俺は楽しく生きたい。戦うのが好きだ、特に相手が強ければ強いほどいい。だが――そうだな。俺は、平和に生きてる弱い人間をわざわざ狩りに出向くような暇つぶしはしない。どうだ、そう約束したら、安心するか?」


ぱっとルナの表情が明るくなった。

魔人が提示する条件として、それは、それだけでもかなり大きな譲歩だと思う。

「う、うん! ……ありがとう!」


ようやく笑ったルナの表情に、魔人も安心したような優しい笑みを返した。

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