襲撃前の小さな出会い
銀花の民が今の草原に辿り着いたのは3日ほど前の夜だった。私たちの一族は掟で、同じ場所に一月は滞在しない。こまめに住む場所を変えていないと、いくら魔封じを着けていても少しずつ魔獣が寄ってきてしまうから。
こまめに住む場所を変える、魔封じを外さない、魔法を使わない、人里に近寄らない、銀花の民以外とは一切関わらない。
幾つもある掟は、余計ないざこざを起こさないために大事なものだと教えられてきた。追放された人間の寄せ集めではあるけど、彼らを恨んでるわけではないし、街を滅ぼしたいわけではない。正しく距離を保って、お互いに遠くで平和に暮らしたい。
それが私たちの暮らし方で、銀花しかいない少人数の世界ではあったけど、とても平和に協力し合っていて。季節に合わせて各地を旅して、色々なものを見て回って……苦労はあっても穏やかな幸せがあった。
新しい場所についてまずやることは多いけど、まだ若くて武器の扱いに長けていないルナは狩りのチームではなく、大ババ様やもっと若い新人たちと共に、食料や水の調達場所の確認が担当だった。到着した日の夜が明けると、朝から早速大ババ様と組んで森の散策。
湧き水や食べられる草の生えている所や、木の実を確認して夕暮れも近くなる頃。今日の分の収穫を手に帰ろうとしたら、行き倒れている白い人影を見つけた。
「大ババ様、あれ、あそこ。追放者かな?」
彼は両手に鎖が繋がれて汚れた服を着ているから、どこかから逃げて来たようだったけど、大ババ様は彼の方を見て小さくため息を吐く。
「追放者か逃げて来たかは分からないが、あれは白髪だし肌も白すぎる。アルビノだね。――ルナ。あんたは優しい子だから可哀想に思うだろうけどね、掟だ。彼に近付いてはいけないよ?」
大ババ様の言葉に頷いて、ルナも帰路についた。
しかし、ルナはこっそりと自分が持ち歩いていた干し肉と小さい水袋を、倒れている彼の背に向けて投げた。投擲武器の練習もしているおかげか、それは狙いたがわず彼の上に着地する。
次の日、今度は一人で森の探索をしに来たルナは、まず最初に彼が横になっていた辺りを見に行った。
彼は顔を見せたルナをすぐに見つけると、嬉しそうに笑顔で手を振って。空になった水袋を掲げて駆け寄ってきた。
「あっ! ごめんね、私たちの掟で、他の人に近付いてはいけないの。それ以上はこないで。――入れ物ないと困るでしょ? それはあげるから、使って」
声が届く程度まで近付くと、ルナは両手で拒絶するように彼の接近を止めて、笑む。彼は困惑気味に曖昧な微笑みを浮かべてから、頷いた。
「そうなんだ……ありがとう、君のおかげで助かった。あっ、僕はロイ。君は?」
「ルナよ。ねぇロイ、どうしてこんなところに倒れていたの?」
「きれいな名前だね、ルナ。……ごめん、ルナの一族を悪く言うつもりはないんだけど、僕は、贄の一族だと疑いをかけられて、この森の外まで処刑の為に連れてこられたんだ。僕、結構手先が器用でね。他の人と繋がれてたロープをこっそり解いて逃げたんだけど、食べ物も水も見つからなくてさ」
「どうしてそんなことに?」
「2週間くらい前かな、オルドラン王都の城壁の中に、突然魔人が現れたんだ。僕の家は通行門の近くで靴屋をやっていてね、壁に近かったから遠目に大きな黒い翼が見えた。最初は普通よりちょっと大きいオオガラスが迷い込んだと思ってたんだ。でもよく見ると、身体の部分が何か長細くてさ。真っ黒だけど確かに手足が生えてて人間みたいだった」
「王都にオオガラスみたいな魔人が……どうなったの?」
「それがさ、その魔人。どうやらキラキラしたものを集めてただけみたいだったんだよ。街の上空を少し飛んで回った後、教会の塔の上にある釣り鐘を何個かもぎ取って、それを持ったまま帰っていったんだ」
「ぷっ、なーにそれ」
わけわからないよねと軽く笑うロイに釣られてルナも小さく笑ったが、ロイは少し表情を歪める。
「それが笑い話で済めばよかったんだけど。王都に魔人が現れるなんてただごとじゃない、誰かが贄の一族を秘密裏に育てたんだろうって、街中しらみつぶしで犯人捜しが始まった。僕もそうだけど、銀髪だけど目が赤じゃなくて茶色だったり、目が赤かったら髪は染めてるかもしれないって疑われたり。とにかく多少の間違いなんて無視して片っ端から逮捕されて大騒ぎさ」
「そんな、言いがかりじゃないの。それでロイは殺されるところだったなんて……ひどいわ」
「うん、でも僕の家族や友達はさ。言いがかりだって分かってるし、何とか生き延びて暫く待って落ち着いたらこっそり帰ってきなよ。って言ってくれてるんだ。だから何とか、処刑だけは逃げなくちゃって。別の街にでも逃げられたらいいけど、森の中でも頑張れば暮らせるかな」
食料や水の在処は幾つか知っている、けど……それはキャンプの皆の生命線でもある。勿論勝手に教えれば怒られる。今こうして話をしていることだって、ほとんどもう掟を破っているようなものだ。
でも街育ちの彼が何も持たずにいきなり森で生きられるとも思えないし、少しくらい。もうここまで関わってしまった以上、これで最後、一つだけ……
「――ここからあの大岩の方角へまっすぐ進むと少し大きめの池があって、魚やエビも棲んでいたし、水の確保は出来ると思うわ。他の人と関わっちゃいけないって言われてるから、もう私は会いに来たりは出来ないけど。どうかちゃんと生き延びられるように……頑張ってね」
「何から何まで、ありがとうルナ……うん。頑張るよ、ルナも元気で」
次の日も、ルナはこっそり隠れてロイの様子を見には行った……が、ロイは同じ場所にも池にも居なかった。少し寂しい気はしたけれど、もっといい拠点を見つけて隠れたかもしれないし、森で生きるより別の街を目指したのかもしれない。それならそれで良いと、ルナは小さく頷いて戻っていった。
その夜に襲撃が来ることなど、知ることもなく。