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ルナと魔人の初遭遇

 果てしなく続くかに見える暗闇の中を落ちていっている、はずなのだが。いつまでたっても、足や身体がどこかに叩きつけられる衝撃が来ない。というか、落下が止まっている。髪が上に流れるような風の流れも浮遊感もない。


不思議に思って上を見るが、上は暗くて何も見えない。下を向いても周りを見てもただ暗い。

今のところ自分の身体は無事なようだし、とにかくどうなっているのかと、周囲を手や足でそっと探ってみた。


いきなり、伸ばした手をガブッと食いちぎられるなんてことには――ならないと思いたい。


丁度真正面に手を目いっぱい伸ばした辺りで、指先に何かが触れた気がするけど、ギリギリ届かない。

手で届かないならと足を伸ばそうとしてみたら、身体が後ろにぐるんと回った。

「きゃっ!」


思わず声を出して分かったのは、声が凄く籠っているように聞こえること。

自由に息が出来る水の中に浮いているような、羽毛の中を漂っているような。


「穴に落ちたと思ったのに、なんなのこれ、どうなってるの」

「お前は穴から落ちて、俺の背中に乗っかってるんだよ。さっきからくすぐったいんだけど、お前こそなんなの?」

「えっ! あ、あの、あなたの背中? ごめんなさい」


返事があるとは思わなかった。聞こえた感じはやや高めだけど男の子っぽい、妙に落ち着いた声が下の方から聞こえてきていた。


「んー……ふあぁ」


 足元から気の抜けた声が聞こえた途端、再び身体が落下して。今度はほとんど間を置かず、枯草か何かと土の感触がある地面の上に落っこちた。


「きゃあっ?! ――いったぁ」


思いっきりお尻から落ちたけど、まだましな体勢だったかもしれない。

いたた、とお尻をさすりながら立ち上がる。穴の中はほんのり明るくなっていて、天井はかなり上の方に裂け目が見える。

この高さはロープもなしにそのまま登れそうもないなとか考えていると、穴の奥の方から足音が近付いてきて、止まった。

暗がりからこちらを見ている何か。姿の見えないそれ。ほのかな恐怖に引きつりそうになるけれど、気を落ち着けて一呼吸した。


「あの、さっきは、その、ごめんなさい……?」

「俺を起こしてくれたのはお前?」

「えっ? 私が上に飛び乗ったから起きちゃったって、こと? それなら、私かもしれない」

「多分お前かな、別に誰でもいいけど、あー、小腹が空いた」


話がどうも噛み合わない、でもなんと返せば良いのかもよく分からないので黙った。

一歩二歩、闇の中から金色の双眸が近付いてきて、闇から薄明りの中に出て来たのは黒髪の少年。見た目だけだけど、ルナとそう変わらなさそうな、いやもっと小さい? 12~3才くらいだろうか。

彼は今度は足を止めることなく、真っすぐルナの方へと近付いてくる。手を伸ばせば届く距離に入っても、さらにもう一歩詰めて腕を伸ばし。


無造作にルナの上着を掴むと、そのまま上へ捲り上げた。

簡単に上から被っていただけのチュニックは抵抗なく捲れて、素肌のお腹が丸出しになる。


「ひっ……っきゃーーー!! やだやだ襲われるーっ食べられるーっ?!」

「お前、うるさい」


逃げようと思ったら、いつの間にかまた身体が浮き上がってるみたいで地面に足がついてない。

しかも彼は子供らしい細い腕なのに力が強すぎた。びくともしない。こっちだって女で子供とはいえ毎日狩りや採取で腕の力は貧弱ってわけじゃないのに。

空中でくるっと横向きにされて、ルナを引き寄せた彼は、むき出しになった白いお腹に顔を寄せて―――


「ぎゃーーーっ?! イタイイタイイタイ?!」

犬猫の甘噛みどころじゃない、噛んだ! こいつ本気で噛んだ!


「……まず」

ぺっ。


「はぁぁぁっ?! ――はっ。い、いや、そりゃーそうでしょうよ! 私を食べてもまずいって分かったなら別のものを食べよう?! ね! ほら放してくれたら何か食べられそうなもの探すの、私も手伝うからっ!」

何がどうなってるのか分からないけど、胴体どころか手も足も動きやしないのだ。他にないから我慢して食べるとか言われてはたまらない。


「俺は人間の食べるものは要らない。お前むちゃくちゃ美味しそうな匂いがするのに、全然美味しくなかった。ちぇー……」

べろ、と傷口を舐められて再び悲鳴を上げそうになったが、辛うじて声を飲み込んだ。


「美味しそうな匂い、え、あなたまさか……魔人?」

「人間からはそう呼ばれてるね。あと何だっけ、何か色々呼ばれたけど忘れた」

何度か傷を舐めてから、ぐるっとルナの身体をまっすぐに戻して地面に降ろす。足が地面につくのと同時に重力が戻ったように、チュニックもすとんと元に戻った。


目の前の少年、自称魔人の彼をまじまじと観察してしまう。

かなり適当に切ったように見えるゆるいくせ毛の黒髪、元々の質は貴族の私服くらい良い物なのかもしれないけど、ぼろくてサイズがダブダブすぎる、白っぽい縦襟フリルシャツと黒いズボン。

顔は物凄く整っていて、純金みたいな目が綺麗で、肌が白くて体格も華奢。美少年要素満載なのに。人を着せ替え人形にして遊ぶような趣味を持たないルナでさえ、勿体ないと感じてしまう。そのくらい美貌だと思う。


魔人というのは“魔”の中でも知能を持つ最上位の存在だというけど、完全に人型を保っている個体はものすごく稀なのだそうだ。

下半身が触手だったり、顔のパーツが多かったり少なかったり。羽とか牙とか角とか。けれど、目の前の少年はほとんど完全に人間に見えた。少なくともぱっと見は。


「――何か言いたいことあるなら言えば?」


声を掛けられて我に返る。彼と真正面で目を合わせたまま、ひたすら見つめ合ってしまっていた。

ルナは慌てて視線を逸らすが、彼はルナを見つめたままだ。


「えっあっ、ごめんっ。そういうわけじゃ、ちょっと考え事してただけで」

「何考えてたのか、読んで良い?」

「へ?」

「大丈夫もうお腹空いてないから噛まない。痛くないから静かにしてて」


ずぼっと、彼の手がチュニックの中に突っ込まれ、叫びそうになるのを止める。

服の隙間からきらきらと金色の淡い靄が零れて、さっき噛まれた辺りがカッと熱くなってきた。

「っ、な、な、なにするの?」

「俺とお前の魔力を繋げてる。ちょっと黙って、目でも閉じてなよ」


聞きたいことは山ほどあるけど、言われるままに目を閉じる。

呼吸を整えて落ち着いた頭に浮かんできたのは、この穴に落ちる前の光景、押し寄せてきていた魔獣の群れ、長老のやり取り、兵士の態度、家で見た弟の最後、父親の姿……


そして、その前のことを。

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