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真夜中の襲撃者

初投稿です

 夜。かすかな月明かりのみが透けるテントに入り込む、爽やかな草の匂い。温かい寝具、周りから聞こえる寝息。そんないつもの穏やかな眠りを破ったのは――


すぐ隣のテントから響いた悲鳴であった。


「きゃあぁぁっ」

「貴様ら、何っグアァァ――?! うぐっ、がっ……」


ルナが慌てて飛び起きる。隣の父親も起きて剣を取り、外の様子を窺うように身を屈めていた。


「父さ……」

「シッ」


父は周囲に耳を澄まし、振り返らないまま、足音の少ない方向を示すように黙って手を振った。

逃げる準備をしろ、と。


ルナ達は銀花の民(シルヴィアン)だ。

銀色の髪と赤い目を持ち、花のような甘い体臭を放つ人間。

『呪われた一族』『災いを呼ぶ一族』色々な呼び名があるが、『にえの一族』と呼ばれることが最も多い。


銀花の民の魔力と匂いは“魔”を強く惹きつける。

“魔”というのは自然発生する魔法生物の総称を指し、総じて闇のような黒い身体と金の目を持っていて、テリトリーの中で人間を見つけると襲ってくる化け物のことだ。

色々な形のものがあるが、もっとも一般的なのは獣のような形をしている魔獣。

動物とは違って、倒すと金色の魔力の粉のようなものを放って消えてしまい死体は残らない。


普通はこちらから近付かない限り、テリトリーを捨てて出てくることはないけれど。

銀花の民の匂いはかなり離れた場所まで届くらしく、街の中に住んでいるだけで、あちこちの森の奥からふらふらと、魔獣たちが誘い出されてしまうのだ。


だからルナ達は人里を離れ、子供の頃から常に魔封じの首輪をつけ、一切魔法を使わず、辺境の地を転々と流れ暮らしてきた。

一応、互いに不干渉という約束をしている国もあるし、出来る限り人と関わらないように生きているつもりだったのだが、良くない相手に見つかってしまったようだ。


“魔”に対する誘引剤として非常に強力な銀花の民を『贄』に使いたい者。

噂にある、大きな災厄が起きるのは銀花の民が持つ呪いのせいだという話を信じる者。

流民の暮らしをしていても、彼らの移動に合わせて魔獣の居住区が変化することはある。その変化に巻き込まれて損害をうけた者。


キャンプが襲撃を受けたこと自体、まだ14才のルナにとってさえ、初めてではなかった。


ルナは隣に眠る弟のルオを見る。といっても血のつながりはない。ついでに言うならルナと父親も血は繋がっていないらしい。彼は一番最近捨てられていた6才くらいの男の子。

銀花の民は、片親が銀花でも子供は大抵普通の色になるそうだ。逆に両方が普通の色を持った夫婦の間からもごく稀に生まれることがある。そういう取り替え子と呼ばれる銀花の民も、もれなく辺境へ追放しなければならないと定められていた。


銀花の民はその死体も“魔”を呼ぶ。だから生まれた直後に殺されるようなことはない。

でも成人するまで手元で育てたことが発覚したなら、街に“魔”を呼び寄せようとしたテロリストとして処刑される決まりがある。

追放される銀花の民を一人残らず回収出来ているはずはないが、それでも1、2年に一人くらいは拾えてしまう程、追放者は多く。

大ババ様の話によれば、最近徐々に増えてきているのだそうだ。


――ルナは寝ているルオをそっと揺り起こし、口を押えて、指をしーっと立てて見せてから、急いで身支度を始めた。

耳を澄ますと、すぐ隣だけではなく、違う方角からも、悲鳴や苦悶の声に混ざって不穏な物音が聞こえているのが分かった。

今日張られているテントは10ほど、聞こえてくる音の数はそこまで多くないが、隣の次にはもうここが襲われるかもしれない。


ルナとルオは、一度だけ、2人揃って父親にぎゅっと抱き着いて。数秒じっとしてから、テントの裏の布を捲る。


ひゅっ  ドッ!!

「―――!!」


捲った隙間を覗こうとしたルナの眼前を何かが通り抜け、一歩後ろで立っていたルオに当たった。


息をのんで彼を見る、小さな彼の、細い首の辺りに無骨な矢が突き立っているのが、ひどく奇妙で現実感のない光景に見える。彼の身体はゆっくりと、声も上げずに仰向けに倒れていく。

ルオの方へ伸ばそうとした両腕のすぐ脇を、飛んできた二本目の矢がかすめていった。我に返って外へ目を向ければ、次の矢をつがえようと背中の矢筒に手を伸ばす兵士の姿が視界に映る。


咄嗟に、ルナはテントから飛び出した。

ただひたすらに、兵士の位置から横移動になるように走りながら周囲のテントの様子を探る。


 先程隣にあった、壁の布に昼にはなかった染みがついたテントから、抜身の剣を持った兵士が2人出てきたのが見えた。一人は頭の兜に派手な赤い房飾りがついているから隊長なのだろうか。

他のテントで物音がしているのは1つ、そちらも2人組で襲撃をしているのだろうか、物音がするテントをいちいち覗いて確認する勇気はなく、とにかくルナはテントや草に身を伏せながらそろそろと逃走経路を探した。


弓持ちは、キャンプの近くには1人しか見えないが、もっと南側の森の方に何人か隠れているようだ。おそらく森へ逃げるのを待ち伏せしているのだろう。

森と反対側は広い草原……弓持ちを相手に障害物の無い草原を逃げるなど、いくら夜でも的にされるだけだ。


伏兵をかいくぐりながら夜の森を逃げきれるか、草原を走って的を外すことに賭けるか。


「お前たちはどこのものじゃ! その大層な装備を見るに、ただの山賊ではあるまい! 我々はオルドラン王との約束を守り、人里離れて暮らしておる。許可なき襲撃は禁じられておるぞ!」


ルナの思考を中断するように、老年ながらよく通る、長老の声が響いた。

長老が伴侶の大ババ様と並んで、堂々と立つ姿は、いつもの顔をくしゃくしゃにして笑うおじいちゃんの姿とは全く違う威厳があった。


その声に応じて、先程の兜に赤い房を付けた男が前に出る。

懐から出した巻物を広げ、何やら書きつけられた羊皮紙を長老に向けた。


「とぼけるんじゃないぞ長老。ほらここに指令所がある。貴様らがオルドランの王都を滅ぼすため、魔人を呼び込んだことは分かっている!」

「濡れ衣じゃ! それに、ここで我らを殺したところでどうにもならん」

「なにも『贄』を全員連れていく必要はないからな。女だけ何人か生かして連れて来いとのご命令だ」

「『贄』の役目ならば若い者より魔力の高いわしと婆の方が適任だ。わしらを連れていけ! 皆は助けてやってくれ」

「くどい。我々が受けた命令は、女を数人確保して、残りは()()()()しろだ」


長老が苦い顔をして、周囲を一度だけ素早く見回しながら、己の首に下げた魔封じに手をかけた。

その一瞬、隠れているルナの姿は見えていないだろうけど、ルナは確かに、長老と視線が合ったように思えた……


「この外道ども――今すぐに撤退の命令を出せばよし。出さぬのならわしにも考えがあるっ」

「っっ! この、止めろ!」


隊長が長老を切り伏せようと駆け出すよりも、長老が魔封じを引き千切って外す方がずっと早かった。

長老の身体から、夜闇に浮かぶ薄い銀色の靄がぶわっと広がり、草原や周囲の森の中へ洪水のような勢いで流れていく。


――今っ!

ルナは地に伏せたまま、靄に紛れて草原を駆け出した。


薄い花のような香りがする靄の中を一心に走り始めてからすぐに。

走っていても分かるほどの地響きが始まった。

遠く遠く広がる魔力の匂いに熱狂した“魔”の群れが近づいてくるのを感じる。


ルナの首にもある、魔封じに触れる。しっかり発動していることを確かめて、再び走り出した。

星空を遮るような巨大な影が頭上を通り始める。オオガラス――烏と名は付いているが、小さいものでも1mを超える巨大な鳥型の魔獣。

地表の草を踏み分け、足音高く突撃してくるのは巨大な黒い狼のような魔獣、ダークストーカー。

漆黒の身体と黄金の目だけが陸から空までを埋め尽くす光景……数を増やし続けるそれは、ルナの姿を全く無視して、キャンプ地の中心を目指していた。


 銀花の民が付ける魔封じは、外からの魔力の影響も多少は抑えるため、長老の魔力が少し纏わりついただけで魔獣に狙われはしない。

それを外した長老や兵士たちだけが、魔獣たちの獲物。

理性を失い涎を垂らして走る彼らに踏み潰されないように、ルナは隙間を通って外へ抜けようと大きく一歩踏み出し。


――ガクン。

踏み込んだ足の先に、地面がない。

背の高い草で見えなかったが、そこには深い裂け目があったようだ。

落ちる。


「ヒュッ?!」


勢いよく吸い込んだ息の音を残して、ルナの身体は暗闇へ飲み込まれていった――

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