異世界の名探偵、美しき令嬢助手と共に「村人連続石化事件」に挑む
アルト王国の中堅都市クロム。
賑やかすぎず、穏やかすぎずというこの町で、マーク・マクマホンは探偵事務所を開いていた。
コーヒーを飲みながら新聞記事に目をやる。
「貴族同士の勢力争いがどんどん本格化してるな……内乱みたいにならなきゃいいが」
「まったくですね」
空になったカップにコーヒーを注ぐのはレティシア・アスデム。
白に近い長い銀髪を持つ彼女は、れっきとした貴族令嬢である。
「レティ、君だって貴族じゃないか。他人事じゃないだろ」
「私の家はこういった争いとは無縁の立ち位置ですから」
すました顔を浮かべる。
「それにしても貴族のお嬢様が俺みたいな探偵の助手なんて……やっぱりあまりよくないんじゃないのか?」
「あら、どうしてです?」
「いいとこの令嬢が俺みたいな平凡な探偵とつるんで……世間体ってものがあるだろうし」
「いいえ、先生は平凡な探偵などではなく“名探偵”です。それに私にとって先生の手伝いをすることは生きがいなのです」
「参ったな」
頭をかくマーク。
「先生は私がいるとご迷惑ですか?」
「そんなことはない。レティには何度も助けられてる。迷惑だなんて思ったことはないさ。君がいいのであれば、ぜひ助手を続けて欲しいと思ってる」
「お任せ下さい」
にこやかに微笑むレティシア。
ノックの音がする。
「どうやらお客様のようですね」
レティシアは令嬢らしい優雅な仕草で応対に向かった。
……
依頼人はブラムス・ローガンという男だった。
上質なスーツを着た若き実業家。顔にもエネルギーが満ちている。
「用件を伺いましょうか」
マークが尋ねると、ブラムスが身を乗り出してきた。
「あなたを名探偵と見込んでの依頼だ。とある村で起こっている“連続石化事件”を解決して頂きたい!」
「連続石化事件?」
マークがちらりとレティシアを見る。レティシアは首を振る。
さらに詳しく事情を聞いてみることにする。
「私は今“エール村”という村と交渉を行っているのだが……」
「交渉?」
「エール村の近くにある山から貴重な鉱石が取れることが分かり、村に採掘拠点を作りたいのだ。そのため村人たちには移住してもらうという計画だ。もちろん十分な謝礼を払ってな」
「なるほど、それで?」
「交渉がまとまりかけていた頃、事件が起こった。村人の一人が石化したのだ」
顔をこわばらせるブラムス。
「その後も一人、また一人と石化する人間は増え、ついに犠牲者は五人に達した。こうなるともう交渉どころではなくなる」
ブラムスはさらに続ける。
「村長を始めとした村人たちは、犯人は“メドゥーサ”だと主張している」
「メドゥーサ……!」
「あなたも知っているだろう。我が国に伝わる怪物の名称だ」
“メドゥーサ”とはアルト王国に伝わる怪物の名前である。
蛇のような頭髪を持った女の怪物で、彼女を見た者はたちまち石にされてしまうという伝説が残っている。
「伝説は伝説。しかし実際に石化されている人間が出ている以上、無視もできない。このままではエール村を鉱石発掘の拠点にするという計画自体白紙にしなければならないかもしれない。だからどうかお願いする。この石化事件の原因を突き止めて欲しい!」
マークはしばらく考えてから答える。
「分かりました。やってみましょう」
「ありがたい……!」
「ではただちにエール村へ向かいましょう」
「馬車はこちらで用意している。さっそく向かって欲しい」
マークが上着を羽織り出かける準備をしていると、レティシアも準備万端で話しかけてくる。
「レティ、君も来るのか」
「もちろんです。今回の事件、私としても気になりますから」
「君の立場ならそうだろうな。分かった、一緒に行こう」
「はいっ!」
一緒に、と言われ嬉しそうなレティシア。
マークとレティシアは馬車に乗り、エール村に向かった。
***
クロムから馬車で揺られて二時間ほどで、一行はエール村に到着した。
小さな家が点在するのどかな村であった。
「いい村ですね、こんな村に住んでみたいです」
レティシアは一目でこの村を気に入ったようだ。
「のどかすぎて、探偵業をやったとしたら事件が全然なさそうだな」マークはこう言いつつ「もっとも今は連続石化事件なんてのが起きてるわけだが」
「まずは村長に会わせよう。ついてきてくれ」
ブラムスの先導で、二人は村長宅に向かう。
村長はホンガという老人だった。石化事件解決にやってきた二人をまるで歓迎していない。
「なんじゃ、おぬしら」
「クロムから連れてきた探偵のマーク殿と助手のレティシア殿です。彼らなら石化事件を解決できると思いました」
ブラムスの紹介に合わせ、マークらも頭を下げる。
ホンガは顔をしかめる。
「ふん、探偵如きにこの事件を解決できるものか」
叫ぶホンガ。
「これはメドゥーサじゃ! メドゥーサの仕業なのじゃ! 村人みんな石化されてしまうのじゃあああああ!!!」
ホンガの狂態にブラムスもため息をつく。
「この様子だ。村長からは有力な情報は得られんだろう」
「ではすでに石化されたという五人の被害者を見たいのですが」
「いいだろう」
マークとレティシアは石化された人達を見て回った。
性別は男も女もおり、いずれもポーズは一定ではなく、「突然固められた」といった具合の格好で石化している。
マークは石化された人を触ると、
「ふーむ、いずれも材質は大理石といったところだな」
「そうですね」レティシアもうなずく。
「すごいな……そんなことまで分かるのか」感心するブラムス。
「探偵を名乗るなら、これぐらいできませんとね」
マークは話題を替える。
「ところでブラムスさん、石化された五人に何か共通点のようなものはありませんか?」
ブラムスはあっさりと首を振る。
「さあ。私は村人のことはほとんど知らないのでな」
「そうですか」
「さて、私は色々な事業を抱えているもので、後は任せてもよろしいだろうか?」
「ええ、私と助手で調査します」
「よろしく頼む。この石化事件が解決しなければ、我々としても安心してこの土地で商売できない」
ブラムスは早々にエール村を立ち去ってしまった。
「丸投げされてしまいましたね」呆れた様子のレティシア。
「仕方ない。こうなったら俺たちだけで村人に聞き込みをしよう」
二人は村民に聞き込みを開始した。
ホンガに比べて村人は協力的で、
「近頃、不気味な女が歩いているのを見たよ」
「夜中、『ズル……ズル……』と不気味な足音みたいなものを聞いたんだ」
「この村の近くにはメドゥーサがいるんだよ。あんたも早く帰った方がいい」
メドゥーサらしき怪物の目撃証言が相次ぐ。
この村には古くからメドゥーサ絡みの伝承が多く残っている、なんて話もあった。
聞き込みの途中、二人はデイジーという村娘に出会う。お下げが特徴的な素朴な娘である。
「初めまして」
「は、初めまして。あなたたちは?」
「クロムの町で探偵をやっているマークという者です」
「私は助手のレティシアです」
「どうも……私はデイジーです」
人見知りなのか、ぎこちなく挨拶するデイジー。
「今、連続石化事件について調査してるんですが、あなたは何か知りませんか?」
「さあ……私は何も……」
「そうですか、ありがとうございます。ところで、あなたの靴……」
「え?」
「土で汚れてますが、どこか土の多いところに行ってたんですか?」
「え、ええ。ちょっと農作業を……」
デイジーの顔が焦りの色を帯びたのを、マークは見逃さなかった。
続いて二人はカステルという青年に出会う。
カステルもまた、デイジーのように純朴そうな男だった。
「初めまして、探偵のマークと申します」
「こんにちは。カステルです」
カステルにも話を聞くが、他の村人と同程度の情報しか持っていなかった。
だが、マークはカステルの右手を見て、
「私、エール村に来るのは初めてでして。友好の印に握手してもらってもいいですか?」
「はぁ、かまいませんけど」
カステルと握手するマーク。
これだけでマークはカステルと別れた。
すると、隣にいたレティシアが――
「先生、なぜ彼と握手を?」
「ちょっと確かめたいことがあってね」
レティシアはなぜか不服そうな顔をして、マークに右手を差し出した。
「私ともして下さい」
「何を?」
「握手を」
「分かったよ」
レティシアの右手をそっと握る。
普段は無表情な彼女の顔が、ほんのり赤くなった。
「先生に握手してもらえるなんて……この手は一生洗いません」
「頼むから洗ってくれ」
……
マークとレティシアは村長宅に泊まることになった。
二人を歓迎していない村長ではあるが、客は客だということで夕食を用意してくれた。
「食ってくれ。近くの山で採れる山菜で作った料理じゃ」
村長の出した料理はおいしく、二人とも舌鼓を打つ。
「これはうまい!」
「山菜ってこんなにおいしかったのですね」
そんな二人にホンガも多少心を許したようだ。
「あんたら、ブラムスの使いで来たといったが、悪い人たちじゃなさそうじゃのう」
「俺はしがない探偵ですよ。ブラムスさんとも今日会ったばかりです」
「そうか……」
「あの、ブラムスさんが何か……?」
レティシアが尋ねる。
「知らん方がいい。今回の石化事件にしてもそうじゃ。ワシらから話せることは何もない。なにしろメドゥーサの仕業なんじゃからな」
「……」
「寝床は向こうの部屋に用意してある。狭い部屋で申し訳ないが」
「とんでもない。ありがとうございます」
寝室には布団が二つ用意してあった。
「一つでもよかったんですけどね」
「バカなこというな、レティ」
「フフ……」
微笑を浮かべるレティシア。
「冗談はさておき先生、石化事件については何か分かったんですか?」
「だいたいな」
「えっ!」
驚くレティシア。
「一応明日、もう少し調査する予定だが……」
「私にも手伝えることはありますか?」
「もちろんだレティ。この事件は俺と君で解決する」
これにレティシアは嬉しそうに笑う。
探偵マークの長い一日が終わりを告げた。
***
翌朝、マーク達が目を覚ますと、村が騒ぎになっていた。
「また石化されてる!」
「ひえええ……」
「メドゥーサの仕業だ!」
また一人犠牲者が増えた。これで六人目。
村人がマークに忠告する。
「探偵さん……もう村を出た方がいい。これ以上メドゥーサを怒らせると、あんたらも石化されるぞ!」
「……」
マークがレティシアに目を向ける。
「ここは二手に分かれよう」
「分かりました。私は何を?」
「村娘のデイジーを見張っててくれ。必ず村の外に出るから、そうしたら尾行を頼む」
「お任せ下さい。先生は?」
「俺はカステルを調べる」
マークはレティシアと別れ、昨日会った青年カステルの元に向かった。
「あ、昨日の……。探偵の……マークさん」
「今メドゥーサの手がかりがないかと色々な家を見せてもらってるんですが、あなたの家に上がってもいいでしょうか?」
「それは……かまいませんけど」
「ありがとうございます」
カステルの家に入るマーク。
一人暮らしらしく、こざっぱりしている。
「綺麗な部屋ですね。掃除はお好きなんですか?」床を触りつつ、褒めるマーク。
「そうですね。清潔にするようにはしています」
「この部屋で何か“作業”をしていたとしても、一目でそうとは分からないぐらいに綺麗になさっている」
「……!」
ギクリとするカステル。
「これといった手がかりはありませんでしたね。失礼します」
カステルの家を出るマーク。
マークは家の床からいくつかの石の破片を見つけていた。
……
一方、助手のレティシアは指示通りデイジーを見張っていた。
デイジーは荷物を持って、マークの予想通り村の外へ出ていく。
レティシアも助手として尾行術はマスターしている。巧みについていく。
デイジーはすぐ近くにある山の中に入っていった。
見失わないよう後を追うレティシア。
やがて、デイジーがたどり着いた場所を見て、レティシアは納得する。
「なるほど……そういうことでしたか」
***
もうすぐ日没という時刻、マークは動きを起こした。
エール村住民を村の中心部に集めたのだ。
その中には村長ホンガ、青年カステル、村娘のデイジーもいる。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。“石化事件”の真相が分かりました」
ざわつく村民たち。
混乱が広がらないうちに、マークは淡々と続ける。
「まず、石化された六名……あれは石化された人間じゃない。極めてリアルに作られた“石像”だ。そしてそれを作ったのはカステルさん、あなたですね」
いきなり名指しされ、青ざめるカステル。
「な、なぜ僕だと……」
「手を見た瞬間に分かりました。あなたの手は何らかの職人をやっている人間の手だ。念のため握手もして確かめさせてもらいました。若いのに、かなりの修行を積んでらっしゃいますね」
「あ……!」
「さらにあなたの家、綺麗に掃除してありましたが、やはりちらほらと石の破片が残っていましたよ。石像の素材としておなじみの大理石のね」
カステルはうつむいてしまう。
他の村人が反論する。
「ちょっと待ってくれ! 俺たちはメドゥーサを目撃してるんだ! カステルは犯人じゃない!」
「そう、相次ぐ目撃証言。これもおかしいと思ったんです。いくらなんでも目撃されすぎだと」発言した村人の目をじっと見る。「まるで皆で示し合わせてるかのように」
村人は「う……」と黙ってしまう。
今度はレティシアが説明する。
「それと私、デイジーさんを尾けさせてもらいました」
驚くデイジー。
「デイジーさんは近くの山に向かい、山小屋で暮らす方々に食事を届けていました。そう、石化されたはずの方々に。どんなにリアルな石像を作っても、石化された本人が村にいたら、石化されたことにはなりませんからね」
補足するようにマークが言う。
「つまり、“連続石化事件”なんて最初からなかった。カステルさんが精巧な石像を作り、石化したとされる人々はひっそりと山で暮らし、村人はメドゥーサを目撃したと口裏を合わせ、事件を作り上げたんです。この事件の犯人は……エール村村民全員です!」
ホンガが観念したようにうなずいた。
「その通りじゃ」
「なぜ……こんなことを?」
「それは……」
口ごもるホンガ。
「あなたは知ってるんじゃないですか、ブラムス氏の正体を」
「そこまで感づいておるのか。恐ろしい人じゃな、あんたは」
「ええ、彼がここで鉱石採掘などやろうとしていないことはすぐ分かりました。仮にも石で商売しようという人間が、石像の材質も見抜けないなんてありえない」
ブラムスはマークが石像を大理石だと分析した時に驚いていた。
「そもそも、俺みたいな探偵に依頼してくること自体、後ろめたい事情があると自分からバラしてるようなものです。普通ならこんな重大事件の解決、公的機関にでも頼みますよ」
「そうじゃ……。あの男は近くの山にある鉱石など狙ってはおらん」
「教えて下さい。ブラムス氏の正体を」
「あの男は……“戦争屋”じゃ」
緊張が走る。
「ワシらとて、最初はあの男の提案に乗り気じゃった。この地域が栄えるなら移住もやむなし、とな。しかし、ワシは偶然あの男の正体を知ってしまった。奴の生業は実業家などではなく、戦いを煽り、兵士や武器を貸し付ける戦争屋だったのじゃ」
「ブラムス氏の正体がそうだったとして、この村の土地を手に入れて何がしたいのでしょう?」とレティシア。
「おそらくこの土地を訓練施設のようにしたいのじゃろう。自前の兵士を鍛え上げ、戦力を必要とするものに売りつけ、自分は儲ける。しかしこうなると、移住や謝礼の話もずいぶん怪しくなってくる」
「村人たちはよくて兵士のためにこき使われる。下手すると武器の試し斬りなんかに使われるかもしれない」
マークは冷静に分析する。
「それを知ったワシは優れた石像職人であるカステルに頼み込み、村人みんなと相談して、“連続石化事件”をでっち上げたのじゃ。メドゥーサの伝説は有名じゃし、奴らとて得体の知れない土地を拠点にしたくはないだろうと思っての賭けじゃった」
正面から「戦争屋などに村は渡せない」と抗議すれば、結果は見えている。
エール村が穏便に助かるには、ブラムスの方から村に興味を失くすよう仕向けるしかなかった。
「……」考え込むマーク。
「先生、私はこの件、このままにしておいた方がいいと思いますが……。ブラムスさんには“事件を解決できなかった”と……」
レティシアの意見にマークもうなずく。
「そうだな。俺としてもそう報告したいところだ、が……」
ちらりとマークが視線を外す。
そこには――
「全て聞かせてもらったよ、名探偵! それとエール村の諸君!」
ブラムスがいた。
後ろには武装した部下を伴っている。
「密かに村を監視させていた部下から、“探偵が村人全員を集めた”と報告があってね。一部始終を見届けさせてもらったよ。見事だ、名探偵。まさか昨日の今日で事件を解決してしまうとは! 石化された人間がただの石像だったとは……ここはむしろ作ったカステル君を褒めるべきかな? 村人にもっと興味を持っておくべきだった」
やけに芝居がかっている。
村人に騙されていた怒りを、余裕ぶりを見せることでごまかしているという感じだ。
ありもしない石化事件に振り回されていたなど、ブラムスからすれば屈辱だろう。
「それにしても、村長が私の裏の顔を知ってるとは思わなかった」
「むぐ……!」睨まれ、委縮するホンガ。
マークが問いかける。
「ブラムスさん、今アルト王国は貴族同士の争いが内乱にまで発展しようとしている。ひょっとしてその裏にいるのは……」
「ああ、私だ。貴族どもを煽り、焚きつけ、奴らが争えば、それだけ兵士や武器の需要が生まれる」
村人たちからも批判の声が飛ぶ。
「ひどい……!」
「そんなことのためにこの村を!」
「何が実業家だ! 死の商人じゃねえか!」
マークの視線がブラムスを射抜く。
「それを素直に認めるってことは……」
「察しがよくて助かるよ。もちろん、名探偵も村人も生かしておくつもりはない。今ここで死んでもらう。山にいる連中もな」
ブラムスは証人を全て消すつもりだ。だからこそ全て明かした。
怯える村人たち。
ブラムスの兵士たちが一斉に剣を構える。
「とりあえず、君の実力を試してみようか」
ブラムスが合図すると兵士が二人、マークに飛び掛かった。
マークも剣を抜き、危なげなく二人を斬り、戦闘不能にする。
「うぐぅ……」
「がはっ……!」
だが、ブラムスは余裕の表情だ。
「さすがは名探偵、修羅場もくぐっているようだな。だが、こちらには100人近い兵士がいる。はたしてどこまで持つか……」
「……」
マークも腕に覚えはあるが、100人相手は分が悪すぎる。
「ブラムスさん、一つ教えておいてやろう」
「ん?」
「俺は最初からこの事件がメドゥーサの仕業じゃないと分かっていた」
「名探偵は私のようにありもしない伝説に踊らされたりはしないか。お恥ずかしい限りだ」
「そうじゃない。俺は……本物のメドゥーサを知っているからだ」
何を言ってるんだという表情のブラムス。
「レティ、頼む」
「分かりました」
レティシアが前に進み出る。
なんの武器も持っていない。
次の瞬間、レティシアの体に異変が起こる。
髪が蛇のようになり、目は爬虫類のような鋭い輝きを帯びる。
「さあ、私を見て……」
まさに一瞬の出来事だった。
ブラムス配下の兵士達は全員“石化”した。
「は……!?」
一人残されたブラムスに、マークが解説を始める。
「彼女の名はレティシア・アスデム。アスデムのスペルは『ASUDEM』。反対から読むと……」
「あっ!」
「彼女の一族は伝説の“メドゥーサ”の末裔なんだ。その強力な能力ゆえアスデム家は独自の地位を保っており、王家の信頼は厚く、他の貴族と争う必要すらない」
戦慄するブラムス。
「そして彼女の一族にはその力に相応しい“特権”が与えられている」
「特権……!?」
「王国に害を成す悪を見つけたら……独自の判断で石化してよし!」
マークの言葉に合わせるように、レティシアが微笑む。
「ブラムスさん、他の方は一瞬でしたが、あなただけは足からじわじわと石化させましょう」
ブラムスの体が足元から石化していく。布に液体が染み込むように、徐々に、しかし確実に広がっていく。
「わ、わぁぁぁぁぁっ!!!」
悲鳴を上げるブラムス。
石化が腰のあたりで止まる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「内乱を扇動するのは立派な犯罪です。全ての罪を認め、自首して下さいますか?」
「いや、それは……」
石化が首のあたりまで進む。
「ひいいいいっ!」
「どうする?」マークが最後通告のように告げる。
「わ、分かったぁ! 分かりました! 全ての罪を認め、裁かれますぅぅぅぅぅ!!!」
ほっと一息つくレティシア。
「先生、終わりました」
「レティ、また助けられたよ」
「いえ、先生のお力になることが私の生きがいですから」
メドゥーサ形態から、元の令嬢の姿に戻るレティシア。
こうして連続石化事件は幕を下ろした。
レティシアの変身に村人たちは驚いていたが、
「このことは他言したりはせんよ。なにしろ村の恩人じゃからのう」
「今回の事件を機に、もっとすごい石像職人になってみせます!」
「村を救って下さって、ありがとうございました。探偵さん、レティシアさん」
ホンガ、カステル、デイジーを始め、みんな感謝を述べていた。
なお石化された者達は死ぬわけではない。拘束された後に連絡を受けた兵士によって逮捕された。
マークとレティシアは惜しまれつつ、エール村を後にするのだった。
***
その後、ブラムス一派の逮捕は大きな騒ぎとなった。
兵や武器を供給し、戦いを扇動していたブラムスが逮捕されたことで、貴族同士の争いは徐々に鎮静化に向かいつつある。
マークは王国の貴族争いを収めた立役者として名を上げたのだった。
「ひとまず一件落着……といったところか」
新聞を読みつつ、コーヒーを飲むマーク。
「先生のお手柄ですね」とレティシア。
「レティの力あってこそのものだろ。君の力を俺の仕事に利用する形になってしまい、父上もさぞお怒りのことだろう」
レティシアの父はアスデム家の現当主であり、娘以上の石化能力を持っている。
「そんなことありませんよ。父も喜んでいます。アスデム家の人間として恥じない働きをしたと」
「それならいいんだが……」
ほっとするマーク。
「それどころか先生。父は『ぜひ先生にお会いしたい』と申してまして」
この申し出にマークは肩を強張らせる。
「君を危険な事件に連れ回すなと?」
「その逆です。父はずっと先生のファンだったのですが、ますますファンになってしまったようで。直接お会いしてお話をしたいと……」
「え……!?」
「というわけで一度会いに行きましょう。ね?」
「う、うん……分かった。考えておく」
「ありがとうございます!」
喜ぶレティシアを眺めつつ、マークはこう独りごちた。
「レティの父親に会うとなると、俺は緊張で石化する以上に硬直してしまいそうだな」
完
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