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3.デュナン邸の異変

まだオレリアの喪が明けないうちから愛人を連れて帰ってきたロバートを快く思っていないエリアーヌではあったが、彼がデュナン伯爵家の当主であり、その当主が戻ったのだから屋敷に招き入れるしかなかった。デボラとジョアンヌにはそれぞれに客間をあてがい、ひとまずデュナン伯爵の客人として扱うことにした。

というのもデボラがひどく恐縮していたからだった。


「わたくしのようなものがこのお屋敷に足を踏み入れるなど、許されないことは十分承知しております」

彼女はそう言ってひれ伏し、娘のジョアンヌはその隣で小さくなって震えていた。

平民にとっての貴族令嬢というのは遠い存在であった。その家庭を壊した原因である彼女らは殺されると考えているのかもしれない。実際にはそんな権限は全く持ち合わせていないのだが、その顔には明らかな怯えの色が見えた。なんの説明もなく連れてこられたのであろうふたりを不憫に思ったエリアーヌは、彼女らを客人として扱うことにしたのだった。


帰ってきたからといってロバートは伯爵の仕事をするわけでもなく、時々紳士クラブに出かけ、帰宅後はデボラとジョアンヌと過ごしていた。彼らが王都で住んでいた屋敷は処分してきたようで、その請求書が届かなくなった分、出費が減った。

愛人とひとつ屋根の下に住むことは愉快ではなかったが、デボラは贅沢をしなかったし、ジョアンヌはエリアーヌの役に立ちたいとメイドの仕事を買って出るような娘であった為、不愉快とまでは言えなかった。


「あなたは使用人の真似事などしなくていいのよ」

エリアーヌは度々ジョアンヌに言って聞かせたが、

「お姉様のお役に立ちたいのです」

と可愛らしい笑顔を見せられると強くは言えず、結局、彼女の好きにさせていた。


ある日、エリアーヌが自身の部屋に戻るとそこにジョアンヌがいて驚いた。普段の彼女の様子からして、手癖が悪いということはないだろうが、それでも勝手に貴族令嬢の部屋に入るなど許されることではない。

「なにをしているの?」

硬い口調で話しかけたエリアーヌにジョアンヌは、

「お掃除をと思いまして」

と言った。エリアーヌはため息をつき、そういう仕事はジョアンヌがやるべきではない、と言い、部屋から出ていかせた。

それからしばらくして家政婦長がお茶の用意をして部屋を訪れた。

「お茶は頼んでいないけれど?」

エリアーヌの不思議そうな顔に彼女は、

「ジョアンヌ様から申し付かりました、お嬢様がお疲れのようだとひどく心配されておりました」

先ほどのやり取りからエリアーヌが疲れているという発想に至った経緯が気にはなかったが、ちょうどのどが渇いていたエリアーヌはその好意を受け取ることにした。

家政婦長は給仕しながら言う。

「お嬢様が忙しくされていることはよく存じておりますが、八つ当たりはよくありませんよ」

「八つ当たりって、どういう意味?わたしは誰に対しても怒ったりしてないわ」

家政婦長の言っている意味がわからず、反論したエリアーヌだったが彼女はただ困ったような顔をして首を振り、給仕を終えて部屋を出て行った。


お茶はいつもと変わらずおいしかったが、先ほどのやり取りが気になったエリアーヌはちょうど部屋の前を通りかかったメイドに声をかけた。

「悪いけどジールを呼んでもらえるかしら」

この屋敷のすべてを把握しているのは執事長のジールだ。彼なら家政婦長の妙な物言いの真相を知っているかもしれない。

そう思ってジールを呼び出そうとしたのだが、エリアーヌに驚いたメイドは飛び上がって腰を抜かしてしまった。それは初めて見る顔で入ったばかりのメイドのようだった。

「まぁ、大丈夫?」

エリアーヌが助けようと近寄ると、彼女は尻もちをついた状態で後ずさりながら、

「ジ、ジール様はお出かけでございますです」

と言った。

「じゃぁ戻ったらでいいわ」

すると彼女は泣き出しそうな顔で、お戻りになりません、と言った。エリアーヌはメイドの答えも気になったが、彼女の様子のほうが気がかりだった。

「あなた、どうしたの?具合が悪いなら家政婦長に言えば休ませてもらえるはずよ」

「は、はい!」

エリアーヌの言葉にメイドは大声で返事をすると脱兎のごとく逃げ去っていった。エリアーヌは首をかしげながらも、その後姿を見送った。


ロバートとデボラ、ジョアンヌとエリアーヌがデュナン邸で生活するようになって三ヶ月が過ぎた。そのころには四人は毎朝食卓を共にしていた。その席でロバートが突然言った。

「エリアーヌ、お前の縁談が決まった」

そのときむせなかったエリアーヌは貴族令嬢として相応しい教育を受けてきたと言える。口に含んでいたサラダを咀嚼し、飲み込むと、落ち着いて口を開いた。

「それはどういうことでしょうか」

「言ったとおりだ、お前の夫が決まった。デュナン領の隣、クレール領を治めている方だ」

ロバートの言葉をエリアーヌは少しの沈黙で精査してから返事をした。

「クレールは侯爵領のはずですが」

「そうだ、お前の夫はラグランジュ侯爵様だ」

ロバートは呑気に、どうだ、嬉しいだろう、と言っているが、エリアーヌは馬鹿なことを言っていると思っただけだった。


侯爵は伯爵より格上の貴族であり、侯爵家の中でもラグランジュは最上位である。そのような家との縁談が食卓の席で発表され、それも口伝えというのはありえない。

エリアーヌを除く三人は素直に喜んでおり、それに水を差すこともあるまいとエリアーヌは黙って食事を済ませた。

お読みいただきありがとうございます

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