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2.(過去)ロバートとオレリアの婚姻

ロバートはルグラン子爵家の三男だったが、その子爵家が懇意にしている商家の娘がデボラであった。

ロバートとデボラは幼馴染と表現する程の親しい付き合いはなかったが、それでも会えば挨拶をする程度の知人ではあった。そんな二人がお互いを意識するようになったのは、哀しいかな、デュナン伯爵令嬢オレリアとロバートの縁談が持ち上がってからであった。

なんとも思っていなかったはずの相手が別の女性と結婚することとなりデボラは初めて自身がロバートに抱いていた感情の意味を知った。そしてロバートもまた、家の為に結婚しなければならなくなった自身の身の上を嘆くと同時に、真実の愛を知ったのである。

しかしこの縁談はルグラン子爵家にとって非常に利のあるもので断ることなどできなかった。


ロバートの兄は二人ともすでに結婚しており、長兄は後継者として申し分なかったし、次男は買付人(バイヤー)として非常に優秀な目利きを持っていた。毒にも薬にもならないと思っていた三男が思いがけずデュナン伯爵家と縁づけるキーになってくれたと喜んでいたのに、その息子が他の女性と結婚したいと言い出した。

相手がただの平民なら、相手の娘には悪いが、いくらかの金を握らせて黙らせることもできた。しかし、子爵の右腕と言っても過言ではないほどに信頼している男の娘とあってはそれもできず、子爵は商売の利と大切な友人を天秤にかけなければならなくなった。

それを後押ししたのはほかでもない、デボラの父であった。

「子爵様、この縁談は受けねばなりません」

「だが、それではデボラはどうなる」

「わたしたちがこれだけの商いにするまで、どれだけ苦労を重ねてきたか、忘れたわけではないでしょう」

友人の言葉に子爵は瞑目した。子爵は貴族の中では下位であり、さらに言うならルグランは領地を持たない貴族であった。それを馬鹿にされる度に、彼は歯を食いしばって商売に精を出し、この友人と共に汗水流して耐えてきたのだ。

「デュナン伯爵家は歴史ある立派な貴族です。デュナンの外戚という地位は必ずやルグランにさらなる富と名声をもたらすでしょう。デボラにはわたしから言って聞かせます、一時の感情で時勢を見誤ってはなりません」

そのときの友人の顔をルグラン子爵は生涯忘れることができなかったという。彼がどれほど娘を愛しているか、子爵にはよくわかっていたからだ。

「すまない。本当に、すまない」

子爵は友人の手を握り首を垂れ、許しを請うことしかできなかった。


こうしてロバートは泣く泣くデボラと別れ、デュナン伯爵家に婿入りし、オレリアの夫となった。


このような経緯があった結婚ではあったが、当初はうまくいっていた。オレリアは婿になったロバートを大切にしたし、ロバートもデボラへの想いはおくびにも出さず、ルグラン家には無縁だった領地経営を熱心に学んでいた。

ふたりは順調に子を授かり、そうして産まれたのがエリアーヌであった。女児であったことは惜しまれたが、それでもデュナン家の人々は彼女の誕生を大いに喜んだ。


エリアーヌが産まれたその年の冬は質の悪い流感が猛威を振るった。運悪くデボラがそれに罹患(りかん)してしまい、未だにロバートを愛していた彼女は生死を彷徨う中で何度も彼の名を口にした。

娘の死を覚悟した彼女の父はせめて最後にロバートに会わせてやりたいとルグラン子爵に伏して願い、それに同情した子爵は適当な用事でロバートを子爵家へと呼び出した。こうしてふたりは数年ぶりの再会を遂げたのであった。

他の女のものになってしまった恋焦がれた男が自分に逢いに来てくれたというその事実は、思いのほかデボラを元気づけ、彼女は、後遺症が残ったものの、無事に生還した。

それですぐに離れられれば『焼け木杭には火が付き易い』ということわざは世の中に存在しなかったであろう。ふたりが燃え上がるのは当然で、一線を越えてしまうのはあっという間だった。


とっくにデュナン領に帰ったと思っていた息子が未だに街をうろついているとを知ったルグラン子爵が、その理由を彼に問い詰めたときはもう遅かった。デボラは子を宿しており、ロバートはふたりで住む屋敷まで購入した後であった。

「オレリア様にはどう説明するつもりだ!」

ルグラン子爵はロバートを殴り飛ばして怒鳴ったが、彼は平然と立ち上がり、こう宣言したのだった。

「俺はデボラとの愛に生きる、もう生贄はこりごりだ」


オレリアは急に帰ってこなくなった夫を心配し、使用人に迎えに行かせたのだが、彼は愛人を作っており、その女は子を成していた。このとんでもない事実に冷静沈着なオレリアでさえ、さすがに卒倒したが、絶対に帰らないと言い張るロバートをどうすることもできず、彼という存在がなければ爵位を維持することのできないデュナン家は愛人(デボラ)という存在を認めざるをえなかった。


屋敷に寄り付かない夫と、それに代わって執務を捌く妻という歪な家族関係が成り立った瞬間であった。

お読みいただきありがとうございます

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