永遠の片思い
「やばい、死ぬ。しんどすぎる……」
初めて病欠で休んでしまった。社会人になって7年目、今まで急な欠勤がないことが自慢だったのに。昨日から高熱が出ていて起き上がるのも辛く、こんなにしんどいのは初めてだ。
これも歳のせいなのか。若い時は熱があっても無理して働きに行っていた。接客業でシフト制なので、急な休みが非常に取りにくいのだ。
平日だと時間帯によっては社員が1人しか居ないことも多い。1人休むとなると、他の社員に出勤してもらわなければならず、代休を別の日に取ってもらうのだって一苦労なのだ。
代休を取れたとしても、その日にアルバイトを新たに補填しないと運営人数が足りなくなったりと大変。だから基本はみんな無理をして出勤していた。
「はぁ……。とりあえず店は大丈夫みたい。良かった」
部下からの店は落ち着いていますというLINEにホッとする。昨日のうちにシフトの写メを送ってもらい、私が休む分の穴埋めの補填も彼女にお願いしていたから恐らく本当に大丈夫なのだろう。休んでしまうのは申し訳ないけどなんとか頑張ってもらおう。
時間を確認すると、今はお昼過ぎだ。朝に薬を飲んだおかげで寝られたが、その効果が切れてまた怠さが戻ってきている。
「それにしても飲み物も食べれるものもないけどどうしよう……」
親は片道1時間の距離で、運転もできないから電車で来てもらうしかないし、友達はこの家にまだ呼んだことないから誰も来ることが出来ない。この家に引越してまだ3ヶ月なのだ。
この家を知ってて気軽に頼める人といえば……LINEの履歴を送りながら、ある名前の所で指が止まる。
「……今は勤務中だしないな」
意識がもうろうとしながらどうしようと思いながらベッドに入る。
今回ばかりは本当にやばそうだ。何か食べて薬を飲まなくては、そもそも病院にすら行けてない。市販薬じゃなくてちゃんと診てもらって薬を貰わなければとそう思うのに、ベッドから起き上がることすら出来ない。
死ぬ……そう思いながら目を閉じた。
◇
ブルルルル、ブルルルルル
(うん……? 今何時だ?)
ブルルルルル、ブルルルルル
(これはスマホ……?)
スマホを手に取るとLINEの着信が入っている。お店で何かトラブルがあったのか!?
慌てて手に取るといつもの後輩の暢気な声。
「佐々木さん電話出てくださいよぉ。今下にいるんですけど部屋どこでしたっけ?」
「はっ??」
「LINE見て定時で上がったんですよ。どうせ何も食べてないんでしょう? 色々買ってきたんで部屋どこか教えて下さい」
「え? はっ? ……今部屋散らかってるし無理」
「そんなの知ってますよ。引越し手伝ったんですから。部屋どこか忘れちゃったんで困ってたんですよ。2階ってのは覚えてるんですけど」
「……203号室」
「分かりました。渡したらすぐ帰るんで」
ピンポーン。
「こんばんはー。体調はどうですか? 店のみんな心配してましたよー? 普段急な欠勤をしたことない佐々木先輩が休むって。明日雪が降るぞって店長が言ってましたよ!」
「馬鹿じゃない。降るわけないでしょ」
「でも思ったより元気そうで良かったです。辛い時はいつでも頼ってくださいよ。お互い様じゃないですか」
そう言うと彼はコンビニの袋を渡してくれる。中にはゼリーやお粥など食べやすい物とスポーツドリンクが入っている。
「ありがとう。いくら? お金払うよ」
「あっ良いですよ。その代わり今度ご飯奢って下さい!」
「馬鹿。そっちの方が高いじゃない。でも分かった。復活したら焼肉連れてってあげる」
「やった〜! じゃあ俺帰りますね。明日も無理しちゃダメですよ。辛かったら休んで下さい!俺代わりに頑張るので!」
「新山くんじゃ私の代わりにならないわよ。100年早い」
「ですよね〜。とにかく早く治してください!じゃあ!」
そう言ってドアを閉める。暫くすると車のエンジン音と車が走り去る音が聞こえて彼が帰ったのだと分かる。
LINEを開くと確かに彼宛に『死にそう』とメッセージが送られていた。彼からも『大丈夫ですか!?病院行きました!?』と焦ったメッセージと、数回の着信があり心配をかけてしまったのだとわかる。
彼は会社で別の部門を担当している後輩。私の一個下で年齢も近い。おまけに地元も一緒で話が合うのだ。1番気軽に話せる仕事仲間だった。
いつも笑顔でみんなを明るくしてくれる彼。仕事での失敗や、こちらに迷惑がかかることも多い彼だが、その優しい人柄でみんなから好かれている。
そんな彼を好きになるのに、理由なんてなかった。気づいたら好きだと思ってしまっていたのだから。
頼れか……。こんな弱ってる時にそんなこと言わないでよまたあなたを好きになっちゃうじゃない。この思いが叶うことは永遠にないのに。
◇
いつもの後輩と飲みに行く。2人でこうやって飲むのももう何回目か分からない。月に2、3回は開かれてる。
LINEでのやり取りもほぼ毎日している。お互いの仕事の愚痴だったり、相談事だったり話は尽きないのだ。
友達に話したらもうそれ付き合ってるじゃんって言われるけど、そうじゃない。私のただの片思い。そして彼が私を好きになることはない。
だって彼も永遠に叶わない恋をしているから。
彼にはついこの前まで付き合ってた恋人がいた。しかしその恋人が関西に転勤になってしまった時に別れたのだ。
本気で好きだった恋人と別れ、意気消沈している彼を慰めたのも私。
ここで彼を慰め、私が新しい恋人に立候補なんてことも普通の人だったら考えられたかも知れない。でもわたしにはそれが出来なかった。
彼が本気で恋した相手は男性だったから。
彼は元々女の子が好きで彼女もいたらしいが、その恋人のことはそう言った性別を通り越して好きだと思ったそうだ。
男とか女とか関係なくて、今まで会った人の中で1番好き。そしてそれは相手も同じだった。
元々彼女がいたその恋人も、彼と出会い関わっていく中で彼のことを好きになり、恋人となったのだ。
そんな2人が何で別れてしまったのか?
それは結婚が出来ないから。
私が転勤について行くのは考えなかったの?と聞いたけど、彼の答えはそうだった。結婚出来ないのに流石にそれは出来なかったと。職も無くして、見知らぬ土地で彼だけを頼りに生きて行くことは出来ないと。
私の会社は接客業で、基本的には店舗に配属されて勤務する。移動の希望も出せるが、それには特別な理由が必要なのだ。
その主な理由となるのが、結婚による引越しや、親の介護、配偶者の転勤など。
よって結婚でない自己都合の引越しだと辞めるしかなくなる。
確かに転職は大変だと思ったが、それだけで着いていかないって選択なの?と私は思ってしまったが、彼にとっては複雑な思いがあったそうだ。
自分の親には彼氏が居ることを伝えていたが、相手は家族には言わないと言っていたらしい。
そして結婚が出来ないとなると、やはり将来的なことが考えられないと言っていた。
傷ついた彼に深く聞くことは出来ないが、私には理解できない悩みが沢山あったのだろう。私はただ泣く彼に相槌を打つだけで精一杯だった。
散々泣いた最後に彼は言う。きっとあれだけ好きになる人はもう他には居ないと思うんです。俺が好きなのは今までもこれからもあの人だけ。
そう涙を流しながら語る彼を見て、この人はなんて純粋なんだろう。なんて綺麗な涙を流すのだろうと思った。
だから私のこの思いが叶うことはないと分かっているし、叶えたいと思っていない。
私が願うのはただ一つ。彼が幸せになれますように。彼とその好きな人が結ばれる未来がいつか訪れますようにと。
その彼の願いが叶う日がいつか来るのなら。その日まで私は彼の1番親しい先輩でいよう。それが今の私の幸せだから。