自傷小説家
「ねえ、――って作品知ってる?」
それは何となく問いかけてみたものだった。
友人に誘われ、一緒に食事をしている最中、私はふと思い立ち、友人に投げかける。
「なんだっけ、聞いたこと……あるような」
問いかけた作品は、私が書いた小説で、人気が出て有名になったデビュー作。
「えっとね、こういうやつなんだけど」
「あー、あれね。――ちょっと前に流行ったやつだ」
「……。うん、そう、だね」
パキンと心が折れる。
何気ない一言。
だけど、だからこそ私の胸に深く突き刺さる。
華々しい栄光は、過去のもの。
高校でデビューを果たして以来、ずっと小説のことを考えてきた。
だけど、最近……何も書けないのだ。
何を書いても、消してしまう。
スランプだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
この食事だって、ほんの気分転換になれば……と思い、受けたもの。
「…………」
友人と別れ、家に帰ると癖でパソコンの前に座ってしまう。
でも、何も書けない。何も書く気がしない。
「…………」
無言で机の引き出しから、カッターナイフを取り出す。
カチリ、カチリと少しづつ刃を出していく。
「…………」
それをじっと見つめる。
そして、左腕に向けて……肌に少し突き刺す。
情けなくて、みっともない自分。
それを戒めるために私が取った行動は、『自傷』だった。
自分で自分を傷つける、それはとても気持ち悪くて……少し心地いい。
そのまま、心臓に近づけるように刃を動かす。
血は出ないけど、ちょっと痛い。
肌って意外と頑丈。
「ふふっ」
ある程度のところで動かすのをやめ、出来上がった傷跡を眺める。
ミミズ腫れして、赤くなった肌。
けれどそれは段々と引いていき……一筋の赤い線になる。
なんだか楽しくなって、もう一度カッターを取り出して、肌に突き立てる。
何度も、何度も……自分を傷つけることを繰り返す。
「あ、血だ」
さすがに限界なのか、つぅと血がたれる。
……興味本位でぺろりと舐めてみると、鉄臭くて、おいしくはなかった。
***
……『自傷』するようになってから、早一ヶ月。
あれ以来、私は調子を取り戻し、デビュー作以上の作品を書き上げることができた。
たまに、うまく行かないなーと思ったら、すぐカッターを取り出す。
そして、嫌なことも全部忘れてまた執筆する。
そうすることで、私はモチベーションを保つようになった。
けれどそのせいか、
「痛々しい描写が増えましたね――か」
編集や読者から、そう言われることが増えた。
でも、別に悪いことじゃない。むしろより作品に深みが増していってる。
「さて、今日はどうしようかなー」
ギチギチとカッターの刃で遊びながら、左腕に目を向ける。
そこには無数の傷跡があり、自分のことながらとても痛々しい。
……でも、そうすることしか、私は小説家ではいられないのだ。