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その日、世界からネットが消えた  作者: AZURE BUG PARADE
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第二段 全知全能の屍

インターネットがなくなったパニックで、いつまでも出発できない飛行機。男は空港で激しい腹痛に耐えていた。しかし、彼にはそれを誰にも打ち明けることの出来ない事情があった。

(執筆者:Neo)

「あのう、すみません」


「………………」


「あの、聞こえますか?」


「………………」


「あの…!もしもし!」


「うわっ!えっ!あ?…はい、なんでしょう?」


 まるで時計のアラーム音で飛び起きるかのように、オレは隣から聞こえてくる声に反応した。


 ジジイとババアがオレの横にいた。


 夫婦だろうか、ババアの方がオレにずっと話しかけていたようだ。


「あなたこの時刻表見て、日本語で何かぶつぶつ言っていたでしょう?だから私たち、あなたも


 日本人なんじゃないかと思って…」ババアが言う。ジジイも頷く。


「はい、日本人です…奇遇ですね、アイタタタ…」


「あら、どうかなさいました?」ババアが訊いてくる。ジジイも不思議そうな顔をする。


「いや、何でもないです」オレは事情があって痛くないふりをした。


「あなた、お名前は?」ババアがすげえ訊いてくる。ジジイも興味津々だ、こっちみんなよ。


「オレは新妻アキトって言います」


「私はトクコです。そしてこちらがヒデオ、私の主人です。私たちね、今年が結婚して三十年でね、還暦も迎えたことだし、海外旅行でもしようかってアメリカにね。でもまさか、空港が全便欠航なんてねぇ。ほんとにツいてないわ。それにしても…」


 こっちが訊いてもいないことをババアはべらべらと話しまくる。聞いているのが苦痛だと言わんばかりに腹痛が悪化していく。そろそろ「時間」だ。


「あの、…おばさん、オレちょっとトイレに行ってきます。また後で話しましょう!それじゃ!」


 オレは下腹部の痛みと相談しながら、なるべく駆け足でトイレに向かった。この空港で本当にツいてないのは、オレだ。多分、この空港で、一番に。偶然目に入った外の夕陽が、地平線に吸い込まれていくように見えてなぜだかよけいに嫌な気持ちになった。

 

 オレは今、ラスベガスの空港にいる。日本に帰国する予定だったが、空港が突然、全便欠航になってしまって帰れなくなった。もちろんさっきの老夫婦もそうだ。


 なんでそんなことになったか、オレにも信じられないんだが、理由はどうやら、「世界中でネットが使えなくなったから」らしい。空港や輸送船、一部報道など世界規模の交流は今、ほとんどが機能停止状態にあるそうだ。


 この空港でも、利用客はもちろん、スタッフもパニック状態だった。


「これで最後か」


 オレはトイレに入り、持っていた鎮痛剤をすべて飲み干してから、そう呟いた。


 オレにとってお守りのようだったそれは、この服用で最後だった。もっと多めにもらっておけばよかった。オレには計画性ってモンがない。


「いつ帰れるんだろうな」


 オレは下腹部を押さえながら、トイレを出た。さっきまで見えた夕陽は、もう見えなくなっていた。空港の外は街頭の他は、ただ闇が広がっているだけだ。






 ロビーへ戻ると、老夫婦は二人、長椅子に腰掛けていた。戻ってきたオレを見て、ババアがまた話し始める。ジジイもにんまりとした顔でこっちを見つめてくる、だからこっちみんな。


「今ね、受付でいつになったら帰れそうかって聞いたんだけどね、復旧のめどはまったく立っていないそうよ?困ったわねぇ…」


「そうですか…てことは、今日はここで寝泊まりということですかね」


「みたいねぇ。ほら、係員が寝具を持ってきたわ。あらやだ、あんな薄っぺらい寝袋で寝られるかしら」ジジイも不満そうだ。                             


 寝袋と軽食を渡され、オレ達は仕方なく空港で夜を明かすことになった。


 オレは自分の抱える言わば「爆弾」に対する不安で眠れないかと思ったのだが、自分でも気付かないうちにぐっすりと眠っていた。多分、鎮痛剤による副作用だと思う。


 その夜は、オレが宇宙旅行に行く夢を見た。ロケットも宇宙服もなしに、裸で宇宙を飛び回る夢だ。それはとても気持ちの良いものだった。






 朝になって、強い痛みが腹部全体を襲って目が覚めた。周りの利用客はまだ寝ていた。朝といってもまだ夜が明けたばかりの時間だったからだ。オレにはもう痛くて寝ていられないほど、「事態」は悪化していた。


 これは、長い時間もたねぇかもな…。でもこの痛みの「正体」を誰かに打ち明けることなんて出来なかった。横になりたかったけど、昨日と状況が変わったのかをまずは確かめたかった。オレは足を引きずりながら受付に向かった。


 受付の人間はぐっすりと眠っていた。いかにも寝落ちって感じだ。こいつらもまあ突然の事態で昨日は大変だったんだろう。でもこの場で誰よりも大変なのは間違いなくテメーらじゃなくてオレなんだ。


 叩き起こしてやりたかったが、オレも鬼じゃない。そっと起こそう。


「あのう、すみません」


「………………」


「あの、聞こえますか?」


「………………」


「あの…!もしもし!」


「うわっ!えっ!あ?…はい、なんでしょう?」


 そう言えばオレ、昨日もこんなやりとりしたな…。


「日本行きの便はどうなってますかね?」


「しょ、少々お待ちください。(数分ののち)…ああ、まだ見通しがつかないみたいですね」


 その言葉はオレにとって死刑宣告に等しかった。オレはあまりにツいてない。思わず受付のデスクに拳を振り下ろした。


ゴン!!!(イタッ…!)


 その衝撃で腹へ電流のような痛みが走る。受付の女は怯えていた。


「も、申し訳ない…」オレは仕方なく謝って、その場をあとにした。


 マジで…死ぬ。






 そのまま、しばらく時間が経った。昨日の慌ただしさが戻ってきたようだった。オレの方はと言えば、痛みは治まるどころか収拾が付かないほどのものになっていた。


「ぐあああ…!」オレは空港のロビーの片隅でのたうち回った。


 空港か、病院に打ち明けるべきだろうか。そもそも、打ち明けたとして、オレは助けてもらえるのだろうか?どちらにせよ、この痛みのせいで、自ら助けを乞いに行くことは出来なくなっていたが。


「あら、あなた大丈夫?」


 のたうち回っていたオレにあの老夫婦が話しかけてきた。打ち明けよう、この痛みの前では、秘密を隠し通していたら、後は死ぬだけだ。


「全然…大丈夫じゃ…ないです。お腹が、痛くて…」


 ババアはどうしたらいいのかとあたふたしていた。ところが、顔面蒼白のオレを見て、ジジイがオレにかけ寄ってきた。


「お前、ちょっといいか」…喋った。


 ジジイはオレの下腹部を触り、こうした出来事が初めてではないとでも言うように、落ち着き払ってこう言った。


「オレは日本で医者をやっていた者だ。医者と言っても、いわゆる闇医者ってやつだが、アメリ

カにも同じ知り合いがいてな。お前、恐らくよくわかんねぇモン入れられただろ」


 オレは頷いた。と言っても、腹の中に何があるのかはよーく分かっていたが。オレの腹の中には「麻薬の大量に入った袋」がある。


 ラスベガスに旅行へ行き、念願だったカジノへ行ったオレは、そこでギャンブルの沼にはま

って無一文になってしまった。でもオレは、カジノにいた男達に「ラクに稼げる仕事」があるという話を持ち出されて、ヤツらについていくことにした。

 

 そしたら、その仕事の内容が麻薬の密輸であると知らされた。オレは断ったけど、もう手遅れだった。オレの周りを屈強な男達が取り囲んできて逃げられなかった。強制的に腹を切られ、袋を入れられ、そこを縫ったあと、鎮痛剤を持たされて今、ここにいる。


 繰り返すがオレには計画性ってモンがない。今まで何事もなく生きてこれたのが奇跡であるとでも言うように、現状オレは崖っぷちだ。


「入れられたのは…麻薬だ…」オレはなんとか声を振り絞った。

 

 ジジイはただ「そうか」と言い、ババアに何かを言ってからオレを担ぎ上げて空港を出た。


(ジジイ、喋ったと思ったらめちゃくちゃ頼りになるな…こっちみんなとか思ってごめん…)


 間もなくしてオレは車でジジイの知り合いの所に運ばれた。「闇医者」のことはばれたくないらしく、ババアは空港に置いていってある。


 道中、オレは意識を保っているのがやっとだったが、頭にあるのはあの饒舌ババアが一人になったらどうなるのだろうとか、案外とりとめのないことだった。


 ジジイがオレを運び終わると、治療室らしき部屋のベッドに運び込まれた。オレは(恐らく)医師である男に、麻薬の入った袋がその傷口にあることを告げた。ジジイは「よろしく頼むぞ」と医師に言ったが、医師は「いやぁ、ワシも最近は手術をする機会が少なくてね」と返した。おい、今のめちゃくちゃ聞き捨てならないんだが。


 麻薬の袋を入れられたときがフラッシュバックする。そのときも、今から手術を始めるっていうような感じがなくて、麻酔打って適当に切って適当に縫うって感じだったな…。


 摘出手術が始まった。


 頼むから失敗しないでくれと願った。麻酔を打って、痛覚がなくなる。今は傷口を開いているのだろうか、医師は「あっ…」と言った。


「すまん。袋のところも切っちまった」


 え?と思ったときには、大量の麻薬が俺の血液に直に流れ込んでいた。


「ああああああああああああああああああ…!!!」


 体感したことのない感覚が全身を襲った。極彩色の幾何学模様が視界を覆う。それは万華鏡のように、目まぐるしく移り変わっていった。


 今自分がいる場所がどこなのか、なぜか分からなくなった。医師は今、何をしているのか気になったが視認できなかった。ジジイ、テメーの知り合い全然役に立たないのなんなん?


 それでも体感として、麻薬は体内に流れ続けているのが分かった。身体はグニャグニャと曲がったり、伸び縮みしたりしているような感じがして、もしかしたら手術台の上で俺はのたうちまわっているのかもしれなかった。


 ありとあらゆるものが見え、ありとあらゆる時代をものすごい勢いで行き来することが出来た。無数の事象が次々と目の前に展開された。


 俺が何かを知りたいと思えば、あっという間に世界を、次元を滑って、知ることが出来た。普通に生きていたら、知り得なかったことの数々が、ものの数秒で分かってしまった。


 それと同時に、人間としての「生きているという感覚」が薄れていくのが分かった。僕の意識だけが身体をすり抜け、足枷が外れたかのように軽やかに動き回っているような、そんな感覚があった。


 そういえばこんな夢、昨日も見たな。






 神になりかけている、…そう思った。


 何もかもを知ることの出来る、全知全能の存在に…。


 そうであるならば、ずっと知りたいことがあった。


 カジノで無一文になってしまうような愚かな僕でさえ思ったことがあるのだから、きっと

誰しも一度は考えたことがある問いだ。


「どうして僕は生まれたんだろう?」


「どうして宇宙は誕生して、人間は子孫を残そうとしているんだろう?」


 地球の誕生から現在、そして地球の滅亡までを一気に眺めた。


 それでも答えが分からなかったから、私の意識は宇宙をも探索することにした。


 宇宙の起源、「あの爆発」よりも前に試しに行ってみよう。


 「そこ」には何がある?


 光を超えた速さで、私は宇宙を駆け抜けた。


 あと少し、そう思った。


 そのときだった。


 麻薬を一度に摂取しすぎたのか、多量に出血したためか、身体は限界を迎え、私は死んだ。


 宇宙まで飛んでいた私の意識は、反発し合う磁石の片方をくるっと反転させたときのように、強引に身体へと引きずり戻される。


 天国と地獄のどちらに行くかが決まるまでは、「ここ」に留まらなければいけないらしい。


 私は神になりかけた。なりかけたけれど、すんでのところで真理には辿り着けなかった。


「私はなぜ、この世界に生まれてきたのだろうか?」


 答えはわからないままだ。


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