01 勇気のスタートライン
季節は春。
桜がもうすぐ満開になりそうな時期。
高い陽の光を反射するビルが並ぶ通りをしばらく歩くとそこに少し寂れたアパートがあった。
僕、如月彰人はスマートフォンの地図アプリを確認した後にもう一度、目の前のアパートを見る。
「ここがやなぎ荘か・・・」
外階段を上り2階の奥から2番目の部屋の前で立ち止まる。
扉の隣にある『203』と書かれた表札を確認して不動産から渡された鍵をポケットから取り出す。
カチッ
部屋の鍵を開けて中に入ると正面の窓から刺す光が眩しく感じる。
窓を開けて初めて見る景色を一望し、これから始まる新生活にワクワクする気持ちと少しの不安を感じた。
1LDKの部屋を見渡したあとクローゼットやトイレ、お風呂の確認をして必要な物が何か考える。
スマホで時間を確認すると引越し業者が来るまではかなり時間の余裕があった。
少し考えて時間を持て余しそうだったため、これから通うことになる学校の位置を確認がてらアパートの周りを探検する事にした。
学校・・・、高校1年の間はなかなか通えなかったから今年はもう少し頑張って通いたい。そう強く思った。
蒼栄高等学校。
目の前に僕がこれから通う高校がある。校門の前から校舎を見ていると新しい環境での人間関係や勉強に慣れることができるか不安が大きくなってきた。
このままじゃダメだと思い、気持ちを切り替えるために学校を後にした。
そして、しばらく探索したあとで買い物をするためにスーパーに立ち寄る。すると、ちょうどスーパーを出たところで押し車を使用しているお婆さんが袋の中身を零していた。
一瞬、声を掛けようか悩んだが「よしっ!」と心の中で呟く。
「大丈夫ですか?」
僕はお婆さんに近寄り声をかけて袋から落ちたものを袋に入れるのを手伝う。
袋の中には野菜や飲み物などの食品が沢山あったが手早く袋へ詰める。
「ホントありがとね。足が悪いから拾うのを手伝ってくれて助かったよ。」
詰め終わるとお婆さんは何度も礼を言い、さっき買ったであろう缶ジュースを渡そうとしてくれたがこっちも何度も断り遠慮した。
立ち去りながら「気を付けてくださいね」と声を掛けスーパーに入る。
取り敢えず、食料品を買おうとカートを押して歩いると突然肩を叩かれた。
「君、さっきお婆さんを助けてたよね?」
振り向くとそこには知らない女の人がいた。
僕は突然声をかけられて焦った。
その人は僕と同い年くらいの女の人で茶色がかった髪を肩下まで伸ばしていて、その毛先には少しウェーブがかかっていた。
パーカーにジャケットを羽織っており、印象としてはハキハキしていそうな人だった。
僕があんまり関わったことのない人。
というよりも、あんまり人付き合いをしてこなかったし、ましてや身内以外の女性となんて・・・。
「えっと・・・どうかしましたか?」
取り敢えず返答は出来たけど・・・
「これ落とさなかった?」
そう言ってその人はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
「あれ?僕のスマホ?」
ズボンのポケットを触ると確かにスマートフォンがなかった。
スマートフォンを受け取り確認すると確かに自分の物だった。
「あ、ありがとうございます。」
「出入口の所に落ちてたよ。たぶん、お婆さんを手伝ってた時に落としたんじゃないかな?」
お婆さんを手助けしていた事を指摘され少し恥ずかしくなった。
「君、気が効くと思ったらそそっかしいんだね。」
そう言って僕に笑顔を向ける。
余計恥ずかしくなって視線を逸らす。
「ごめんごめん。からかった訳じゃないんだけど気を付けないとダメだよ。」
そう言ってその人は少し後ろへ下がった。
「今度から無くさないようにね。」
そう言って出入口の方へ歩いていった。
僕はもう一度。
「拾ってくれてありがとうございました。」
とお礼を伝えた。
すると、振り返り笑顔で小さく手を振ってくれた。
その人がスーパーを出ていく様子を見送ると自分の鼓動が少し早くなったいることに気付く。
それだけ緊張していたということか・・・
気を取り直して買い物の続きをしようとカートを押しながら「また会えればいいな」そう心の中で思った。