4話
医務室まで二人を案内し、仕事も終わった凪はさっさと帰りたかった。自分の訓練をしたいのもそうだが凪にとってこの暦と言う女は相性が悪い、というよりは単純に馬が合わないのだ。
「…………」
本来だったらさっさと出て行くところだが、そんな凪が未だに医務室に残っているのには訳があった。
「はーい、じゃあ次は腕を出してね~」
「ほ、本当に大丈夫です!それより淳を見てやって下さい!」
「そーんな訳にはいかないでしょ?こんな綺麗な肌に傷でもついてたらどうする?」
スリスリ
「うぅ」
バシッ
「さっさとしろ変態」
「いった!ちょっとしたコミュニケーションなのに……」
これである。さっきからこの変態のせいで二子がチラチラとこちらに対して縋るような目を向けてくる。怪我をさせたのも自分、そのせいで連れて来させられた新人をこの変態の前に放置する事が出来なかったのだ。
「変態、あっちの方は大丈夫なのかぁ?」
「大丈夫、そこはあなたを信用してるし、見たところ上手く気絶しただけ、時期目が覚めるよ」
「そっか、よかった…」
「何々何々?もしかしてあの子って二子ちゃんの恋人だったりするの?羨ましぃいい!」
「だから違いますって!ここに来る前に偶然会っただけです!」
「そういう所から恋は始まるんだよ?」
「もう!」
バカ話をしていると施設中に鐘の音が響く。キーンコーンカーンコーンと学校で聞いたような音だった。
「……何の音ですか?」
「多分、お前らの入隊式が始まったんだろぅ」
「時間もピッタリだしね」
「えぇ!?」
その言葉に椅子から立ち上がる二子。二子の手を取っていた暦が体勢を崩して椅子から落ちる。
「わ、私、急いで行ってきます!どどどどこに行けば!」
「落ち着けぇ、さっきも言っただろう?お前らに関しては俺がなんとでもするからとにかく今は休んでいろぉ」
「いたたた…そうだよ。そもそもここにいるのだって、このアホのせいなんだから……それに自分では気付いてないかも知れないけど、あなたもかなり疲れてるよ?」
「そ、そうですか?」
確かに言われてみると立ち上がったときに両足がガタガタと震える。緊張もぬけ、さっきの疲れが襲ってきていた。立つことが出来ず椅子に座り直す二子。
「ほら、だからね私と一緒にベッドにいきましょぶっ!」
「アホばっかりやってんじゃねぇ」
この新人にとって確かに入隊式に参加できないと言うことは痛い。入隊式はただのセレモニーではなく、これからの施設の使い方、顔合わせ、人脈作りなど様々な側面を持つ。凪も入隊式で見込みのある参加者がいれば目をつけておくつもりだったのだ。
「仕方ないかぁ。二子、お前らが参加できないのは俺のせいだからなぁ。お前に簡単にレクチャーをしてやるよ」
「レクチャー、ですか?」
「そうだぁ、施設の使い方。部屋に関しては後から聞いといてやるぅ。他にも簡単な動き方の指導をしてやるよ」
「良かったわね、なかなか無いよ上級冒険者に指導して貰える事なんて」
「じょ、上級!?凪さん上級冒険者何ですか!?」
上級冒険者、冒険者として最高の評価を貰った人しか任命されない冒険者の頂点。その誰もが別格の力を持っていて、誰もが憧れている。二子も子供のときに見た一人の上級冒険者に憧れていた。
「そんなたいしたものじゃないぞぉ?だけど俺としても才能がある奴を見てるのは楽しいからなぁ」
「この子、そんなに良いの?」
「あぁ、久しぶりにいい才能見せて貰った。お前さえよければ俺が指導担当になってやってもいい」
「あの、指導担当って何ですか?」
「あー、そこからかぁ」
二子の正面に座った暦が話し始める。凪は脇に立ったまま動かない。説明は暦に任せるようだ。
「簡単に言うと家庭教師、かな。今日君たちを含めて何人がこの施設に来るか知ってる?」
「いえ、20人、くらいですか?」
「820人」
「は、はっぴゃく!?」
「そう、もちろん全員冒険者になれるわけじゃない。多分初日で200人くらいにはなるんじゃない?それでもこの施設にいる指導者は30人ほど、全員を相手には出来ないんだよ」
「それにこの世界は才能が全て、才能がない人にかける時間はない」
「怖がらせたかな?でも安心して、あなたは持っている側、そうで無ければ凪が冗談でもこんなこと言ったりしない。でしょ?」
「あぁ、お情けで指導してやるほど暇じゃねぇ」
「ここに残った人たちは一年間、長くても三年の間に体力作り、戦い方、知識、基本的なものを学ぶ。でもそれは基本的なものでしか無い。それ以上が欲しければ自分で取りに行くか、指導員たちに目をかけて貰うしかない」
「私は、目をかけて貰った、って事ですか?」
「そう!良かったわね」
「あ、あの!淳は、淳の指導担当にはなって貰えないんですか?」
詳しく理解したわけでは無いけど自分が幸運な立場に選ばれたのは分かった。だが、二子としては淳のことも気になる、せっかく出来た友達との間に亀裂が入らないか?そのために出た質問だった。
「どうなの?凪」
「あー、…才能はある。しかもそいつ多分、昔は専門学校に行っていたはずだぁ」
「へー、途中で逃げ出して今更戻ってきたとか?」
「そこは知らないがぁ、そいつが起きて良いなら指導してやってもいい……けどなぉ」
「けど?」
「どこか違和感と言うかちぐはぐしたものを感じたぁ、それが何かわからんがぁこのままじゃ死ぬなそいつはぁ」
「ん、んん……ん」
奥のベッドから声がした。三人とも見ると寝かされていた淳が起き上がっているのが見えた。
重い体を動かしてベッドに近づく。見たところ大きな怪我はない。
「淳、大丈夫?」
「……ん、……二子か?……あー、俺は……?」
「済まなかったなぁ、大丈夫かぁ?」
「凪、さん?…そっか、あの後気絶したのか」
起きた瞬間はぼーっとしていたが段々とハッキリしてきたのが言葉にも力が戻る。
「はいはーい、二人ともいったん離れて、淳くん。淳君って呼ばせて貰うね?私はここでお医者さんをしてる星見暦。今からいくつか質問してもいい?」
「あ、はい」
「それじゃあ~……」
二人が問診をしているのを眺めていると、ふと気になった二子は凪に訪ねる。
「あの、凪さん?」
「凪でいいぞぉ。どうした?」
「今思ったんですけど、何で淳は気絶したんですか?」
「あー…」
凪はさっきの戦いを思い出す。つい手が出てしまったのは完全に自分のミスだった。
『お前は何使うんだぁ?』
『これを』
淳が手に取ったのはグローブ、拳の部分に鉄が入ったグローブだった。正直グローブを選ぶのは珍しいと思った。普通は剣とか槍とか選ぶものどけど…。
『へぇ…』
だがグローブを嵌めてこちらに構えた淳の姿を見た瞬間その考えを改める。
堂に入っていた。素人ではない。
『なんだぁ、お前、経験者かぁ』
『……まぁ、はい』
『自信なさげだなぁ、途中で逃げ出したかぁ?』
『……………』
『……まぁいい、こいよ』
素人ではない。が、それだけだ。踏み込んで来る。さっきの二子よりも速い。右手の正拳。左にかわす、そのまま右手の裏拳が飛んできたが裏拳の動きに会わせて背中に回り込むとこちらの動きより速く左足の回し蹴りが飛んでくる。
『おいおい……お前、何やってた?』
回し蹴りを大きく後ろに飛んでかわし距離を取る。流れるような動き、かなりの練度だ。
『………』
『答えたくないならいいが、こっちも面白くなってきた』
そのままこちらからも踏み込む。手は出さないと言ったがバランスを崩すくらいは良いだろう。足の踏み込みをこちらの膝を入れて妨害、バランスを崩したところにさらに踏み込む。淳はそのまま倒れ込むも体を横に倒したまま蹴りを入れてくる。
『まさかこんな拾いものするとはなぁ』
『……くっ』
淳は限界だった。そもそも一年以上当動いていない体がいきなりここまで激しい動きをして無事なわけがなかった。
こっちの攻撃は全て受け止めかわされる。培ってきた技術が通じない。少しは通用するかと思ったが自信は完全になくなってしまった。
一撃入れる。それだけを考えよう。
距離を離し腰を落とす。使うのは昔から使っていた隠し技。まっすぐ相手に突っ込みあえて右拳を取らせ、右の肩を外し無理な体勢から右手をとったせいで動けない体に蹴りを打つ。初見ならまずかわせない。
『お、いいぞぉ、こい』
『この一撃にかけます。あなたが受け止め切れたら俺の負けです』
『……そう言われると受け止めざる得ないなぁ』
『いきます!』
突っ込んでくる淳を見て凪が若干の落胆を覚えたのは間違いない。今まで洗練された格闘術を見せてきたのに最後がただの正拳突きかと、確かに速い、が速いだけならいくらでも対処が出来る。
『はっ!』
淳の右の正拳をあえて右手で受け止める。力の差を見せるために。
『!』
受け止めた右手を左手で捕まれる。淳の体勢がぐにゃりとまがる。
来る!有るはず無い後ろから!
普通なら反応も出来ない一撃、淳が編み出した必殺の一撃。それに反応したのは上級冒険者たるゆえか。
『っらぁ!』
かわせないはずの体勢から全身の力を抜く。こちらの力が抜けたせいで相手のバランスも崩れる。そのまま淳を巴投げの容量で床に叩きつけた。
ドンッ!
あの時感じた違和感。格闘術をしているはずなのに淳は何度も腰に手を当てていた。流れるようなコンビネーションがそのせいで崩れていた。
「ただの俺のミスだぁ」
「そう、ですか」
「はい!問診おしまい!少し肩周りが炎症起こしてるから湿布貼っておくね~」
「ありがとうございます」
「凪、後はあなたが話してね。私、入隊式に顔出してくるから」
「あぁ、さっさと行ってこい」
暦は淳の肩に湿布を貼ると部屋から出て行った。残られた二子と淳に凪が話しかける。
「……さて、お前ら……冒険者になりたいか?」