3話
「ん………んん?……はっ!」
ベンチに寝かされていた二子が目を覚ます。自分が置かれている場所を確認して思い出してみる。
「ベンチの上?あれ…?確か、最後に思い切り凪さんに突き刺して………ダメだったかぁ……」
昔から逃げ足には自信があった。捕まったことはなかったし例え純粋に相手の方が足が速くても緩急で容易に翻弄してきた。この一点に関しては誰にも負けるつもりはなかった……けど。
「当たる気がしないって、ああ言うことなんだろうね……」
避けられたどころの話ではない。自分の動きを全部見られていた。と言うか今思い返すと常に自分と目が合っていた気がする。
「いやいやいや、考えすぎだよね~……」
ドンッ!
「ひっ!?」
いきなり部屋全体にとんでもない音が響く。とっさに二子が音のする方向を向くと、そこには凪と凪の前に倒れる淳の姿があった。
「あ、淳!」
とっさに飛び起き淳に駆け寄る。疲れて切っていた体は重く何時ものように動かない。構わず駆け寄り、倒れていた体をひっくり返すがピクリとも動かない。
「な、凪さん!淳が!」
パニック状態のまま凪に声をかけると凪は何処かばつの悪そうな顔をしてこちらを見ている。
「あー大丈夫だよぉ」
「どこがですか!?さっきの音ってまさか凪さんが打った音ですか!?」
「いったん落ち着けぇ、とりあえずそいつを医務室まで運ぶぞ、俺が担いでいくからお前もついてこいよぉ」
凪はそのまま淳の体をおんぶする。凪自身は自分の手の感触から淳が大きな怪我をしていないことが分かっている。タイミング良く入ったものが良いところに当たって気絶しただけだろう。
だが、現場だけ見た二子が淳が大怪我をしたと思って慌てるのも仕方ない。このまま不安定な精神状態で帰すのも忍びなかったので一緒に医務室まで連れて行くことにした。
「…そんな顔で見るなぁ。これでも悪かったとはおもってるんだぞぉ?」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ気持ちは分かるさぁ、自分の恋人が怪我したかも知れない状況じゃあ落ち着けないよなぁ」
「こ、恋人じゃ有りません!」
「あ?その年でもう結婚してるのかぁ?」
「そんな関係じゃ有りません!」
「冗談だぁ」
第一印象は怖い、鋭い印象だったが医務室までの会話で随分と陽気な人だと分かってきた。何時しか体に入っていた力も抜けていることに二子は気付く。
「力、ぬけたかぁ?」
「……ありがとうございます」
見透かされたような言葉にそっぽを向いて返事をする。それを見て笑う凪。二子は何だかやって行けそうな気がしていた。
淳を背負ったまましばらく歩き続ける凪について行くと緑の扉の前で止まった。
「ここが医務室だぁ、多分これから何度も行くことになると思うから場所は覚えておけぇ」
「はい!」
「場所はともかく、緑の扉が医務室だって事を知ってれば何とかなるさぁ。……誰かいるかぁ?」
そのまま扉を開けて中に入る凪。おっかなびっくり続いて中に入ると部屋の奥にベットが10台は並べてあるのが見えた。そして入り口近くには病院で見たことあるテーブルがあり、その前に長い髪の女の人?が座っていた。
「暦、急患だぁ。頭打っててたいしたこと無いと思うが見てやってくれぇ」
「…凪、お前またか?いい加減お前の運んできた相手はしたくないんだけど?」
「とりあえず起きるまで寝かせておけぇ、こいつらの事は俺から伝えておくよぉ」
「ん?どっちも見ない顔だね………あんたまさかこの子たち訓練生?」
「にもなってないなぁ、どっちも今日が入隊日だぁ」
凪の言葉に頭が痛いとばかりに手を頭に当てる。凪がここに来てから今までの何倍も怪我人が増えてる以上当然の感想だった。
「…………呆れた、よりにもよってあんたが相手するなんて、上も何考えてるのか……」
「あー、いや、上から言われたわけじゃなくてなぁ」
「じゃあ腕試しでも挑まれた?貴方の性格は知ってるけど全部受けていたらきりが無いよ?」
「……あーそうでもなくてなぁ………実は…」
「あなたからケンカ売った!?それこそ何かんがえてるの!?」
「悪かったってぇ、手加減はしたからどっちもひどい怪我はしてないだろぅ?」
「そう言う問題じゃないでしょ!…全く、あなたは大丈夫だった?」
「ぴゃっ!は、はい!大丈夫です!」
身構えていなかった所で突然話しかけられ変な声を上げてしまう二子。恥ずかしさのあまり下を向くと優しい声で話しかけられる。
「ふふ、緊張しなくて大丈夫。私が怒るのはこいつみたいなアホだけだから」
「誰がアホだぁ」
「アホはだまってろ。…こほん、あなたも怪我が無いか見るから正面に座って貰って良いかしら?」
「は、はい」
言われたとおりに正面に用意された椅子に座る。淳は凪が奥のベッドに寝かせている姿が見えた。
「さて、それじゃあまずは自己紹介から。私はここで医務員、怪我や病気諸々に対応する仕事をしている星観 暦、暦ちゃんって呼んでね?」
「暦、さん」
「ふふふ、初々しい若さっていいよね、貴方の名前は?」
「二子です。陸守二子」
「二子ちゃんって呼んでも?」
「はい!」
「それじゃあ二子ちゃん、まずは服を脱いで貰って良いかしら?」
「はい!……え?」
いきなりとんでもないことを言われた気がして固まっていると奥のベッドに淳を寝かせた凪が帰ってきた。
「ああ、気をつけろよぉ、そいつ女好きの変態だからぁ」
………この施設にはまともな人がいないのか!?
口には出さないが心の中で二子は強く思った。