プロローグ
俺にとって親友がヒーローとなったのは晴天の霹靂だった。
一年半前、高校を卒業する時の大喧嘩のせいでこちらから連絡を取ることが出来なかった。思い返しても大喧嘩と言うよりも俺自身の癇癪のせいだと思う。
ずっと仲直りはしたかったが結局出来ていない。卒業した後、家に引きこもりきりになっている俺と比べて大活躍している親友に会うことが恥ずかしかったから。
自室のパソコンで少し調べると親友は高校を卒業した後、地元の名門大学に進み、そこでいくつもの新しい道具の持ち帰りに成功しているらしい。
大学からも次のエース候補に選ばれ、大学一年生として破格の待遇のようだ。
それに引き換え俺は卒業した後目指していた大学を諦め、家に引きこもり朝から晩までパソコンと睨めっこ。
髪の毛、ひげは伸び、昔は引き締まっていた体も今ではもちもちとしてきた始末。
『淳くんは何でも出来るね!』
昔は何でも出来ていた。無敵だった。
卒業してから親友からは何度も連絡が来た。親友だけじゃない。元クラスメイトや知り合いも自分と連絡を取りたがってはいたが全員に今の自分を見られることが、呆れられ、気を遣われることが怖かった。
だからこの一年半、一切家の外に出ることはなかった。
そんな俺にとって突然パソコンに入ってきた親友が世界を一つ救ったと言うニュースはあまりにも眩しすぎた。
ニュースを見た後パソコンと睨めっこしながら考える。両親は優しく無理しなくてもいい。休んでも良いと言ってくれる。
それがまたつらかった。
最後に両親とまともに話したのは何時なのだろうか?
子供のときはこうじゃなかった。子供のときから親友とは本当の家族のように過ごし、朝から晩まで走り回り、片方が転ければもう片方が引っぱり上げる。
周囲の大人たちもそんな二人を見ては実は血が繋がっているんじゃないのか?と盛り上がっていた。
基本的に何をするにも仲が良い俺達だったが家族の話になると、どっちが上になるのかで大いに揉め、それがまた周囲を笑わせる原因にもなっていた。
昔は俺が先頭で親友を振り回すことが多かった。あの時の俺達は無敵だったから。
「何で、こんな風になったんだろう……昔に戻れたらなぁ…」
俺はパソコンを弄りながら考える。原因は分かっている。結局俺は恥ずかしかった。期待に応えられなかった自分。ケンカ別れの後一度も会っていない輝かしい親友。
自分をプライド守る最後の防壁がこの部屋だった。
トントン
「淳、お母さんとお父さん今日は夜遅くなるから。風香も友達の家に泊まるって。ご飯は作っておくから暖めて食べてね」
部屋の外から母親の声がかかる。何時しか返事を返さなくなった俺をそれでも信じて待ち続けている。
「……ありがとう」
自分でも聞こえないくらいの小さな声で返事をする。今の俺にとってはこれが精一杯だった。
ブー!ブー!ブッブッ!
「…………」
机上ののスマフォに連絡が届く。宛名は親友の名前。毎日必ず連絡を送ってくれる。それが嬉しかった。まだ自分のことを必要としてくれてるんじゃないか?そう思えるから。
「…………ダメだ。このままじゃ」
返事は返さない。それどころか宛名は以外は一切見ない。内容が見る事が怖いから。
これが今までの淳の生活だった。
「フーッ、フーッ………いくぞ」
玄関に立つ。ドアノブに手をかける。外に出るたったこれだけの行為を実行するのに一週間もの時間がかかった。
パソコンで親友がヒーローになった記事を読んだ時、本当にこのままでいいのか自分に問いかけた。
否、良いわけがない。そんなことない。
……意地だ、最後の意地。
このまま親友に気苦労をかけ続けたくない。家族にに迷惑をかけたくない。いろいろな恥ずかしさが辛うじてプライドを上回った。
何かしら志しがあるわけじゃないがせめて自分のことを知ってる人たちが心配しなくてすむように。
ガチャ
「……っふーー」
一週間前からひげを剃り自分で髪を切り、服を準備。両親にも妹にもこの事は一切伝えていない。残したのは書き置きのみ。
それでいい。次にこの家に帰ってくるときは胸を張って帰って来れるように。
「……行ってきます」
自分の家を後にした。