お菓子の城のヘンゼル
少年ヘンゼルは貧しい木こりの家の息子です。
ある日、ヘンゼルのお父さんがヘンゼルに「森へ行かないか?」と誘います。
ヘンゼルは、自分はきっと口減らしのために捨てられるんだなと思いましたが、何も言わずにお父さんに従います。
お父さんはヘンゼルを空港に連れて行きます。
空港はたくさんの人でいっぱいで、お父さんははぐれないようにとヘンゼルの手を繋いでくれます。
ヘンゼルはお父さんが初めて手を繋いでくれたので、あたたかい気持ちでいっぱいです。
お父さんは空港のカフェで、ヘンゼルにフラペチーノとクグロフを買ってくれました。ヘンゼルは3日ぶりに水以外の食べ物が食べれて、あたたかい気持ちでいっぱいです。
フライト時間がきて、ヘンゼルは窓側の座席へ、お父さんは通路側の座席へ座ります。
飛行機は高く高く空へと飛び上がりました。
ヘンゼルは、家からこんなに離れたのは初めてで楽しくなりました。窓からはたくさんの雲が見えます。
お父さんは森に着くまでの暇つぶしにと、ヘンゼルとたくさん遊んでくれました。トランプやクトゥルフTRPGやオセロ。どれもヘンゼルがやったことない遊びでした。
飛行機が空に飛び立って14時間が過ぎた頃。
お父さんはヘンゼルに「降りなさい」と言いました。
ヘンゼルは鞄に入れたハンマーで飛行機の窓を割ります。
そして、飛行機の窓から、外へと飛び降りました。
ヘンゼルは空から落ちていきます。
落ちて。落ちて。飛行機が見えなくなります。
ずっとずっと落ちた先は、森でした。
ヘンゼルは森を歩いて、やがて、高い塔を目にします。
塔には古びた看板で「株式会社オカシノシロ」と書かれてました。塔の周りを一周ぐるっと回りましたが、入口はどこにもありません。ヘンゼルは塔の上には何があるんだろうと不思議に思いました。
「おやまあ、よく来たねぇ」
突然、しゃがれた老婆の声がします。
黒いローブを見に纏った貴婦人です。
しわしわの顔ですが、見に纏う宝石は美しく、老婆だけれども背筋はピンとしており、高貴な雰囲気がありありと出ています。
ヘンゼルは、このおばあさんはお貴族様だなと思い、片膝をついて頭を下げました。
老婆は手に持った杖で、ヘンゼルの顔を上げさせます。
「かわいそうなヘンゼル。大丈夫さ、お菓子をあげようか。おいで」
老婆は地面をとんとん、と杖で叩きます。
地面から扉が現れ、老婆は地下へ降りて行きます。
ヘンゼルも老婆の後に続きます。
老婆はヘンゼルにたくさんのお菓子を与えます。
朝の5時にモーニングいちごのタルト、朝の8時にセカンドモーニングいちごのタルト、朝の10時にサードモーニングいちごのタルト、昼の12時にランチのいちごタルト、昼の13時にセカンドランチのいちごのタルト、昼の14時にサードランチのいちごのタルト、夕方16時に夕飯前のいちごのタルト、夕方17時にディナーのいちごのタルト、夕方18時にセカンドディナーのいちごのタルト、夕方19時にサードディナーのいちごのタルト、夜20時に夜食のいちごのタルト、夜21時に寝る前のいちごのタルト、夜22時に寝かけのいちごのタルト。ヘンゼルは毎日老婆の手作りのいちごのタルトを食べました。
毎日毎日。やがて、ヘンゼルは少し怖くなりました。
「おばあさんは、僕にこんなにお菓子を、いや、いちごのタルトを食べさせて僕をどうする気なんだろう」
いちごのタルトをむしゃむしゃ食べながら考えます。
「きっと、おばあさんは悪い魔女で僕のことを太らせて、食べる気なんだ!」
ヘンゼルは老婆が怖くなりました。
翌日。いつものように朝の5時にいちごのタルトを老婆が出しました。ヘンゼルはいちごのタルトに口をつけません。
「どうしたんだい?」
老婆は心配そうなしゃがれた声を出します。
ヘンゼルは鞄に入れたハンマーで老婆を殺しました。
「やったぞ!悪い魔女をやっつけたんだ!」
老婆の血で塗れたハンマーを握って、老婆の返り血塗れの顔で、ヘンゼルは目を輝かせて喜びました。
ヘンゼルは風呂場で自分についた血を綺麗に洗い流してから、老婆の部屋に入って、金目のものを手に取ります。
老婆の部屋には綺麗な宝石がたくさんあるのです。
ヘンゼルは老婆の部屋のクローゼットを開けます。
クローゼットの中には、ヘンゼルの服がたくさんあります。
ヘンゼルはその中から1着を着て、数年ぶりに地上に出ました。
近くの駐車場に行き、老婆の黒い車にエンジンをかけます。
すると、紫のリボンを付けた少女が助手席に座ってきました。
ヘンゼルと同じ色の髪と、ヘンゼルの同じ色の目の、少女です。
「おつかれさま、グレーテル」
ヘンゼルは思わず口からそう言葉が出てきました。
ヘンゼルは何故だか懐かしい気持ちでいっぱいです。
グレーテル、と呼ばれた少女は軽くあくびをしてから、助手席で眠ってしまいました。
ヘンゼルは、ふと脳裏に魔女の部屋にあった写真を思い出しました。大事にしまわれていた写真では、まだ若い頃の魔女と、ヘンゼルのお父さんと、ヘンゼルと、そしてこの少女がいちごのタルトを幸せそうに食べていました。
ヘンゼルは鞄からハンマーを取り出します。
すやすや眠っているグレーテルを殺しました。
End.