お菓子の城のグレーテル
少女グレーテルは三重県を歩いていました。三重県を歩いていると、高い塔が視界に入ります。
塔には扉があり、扉の中身はエレベーターです。グレーテルはエレベーターを上って、最上階へと向かいました。
最上階はオフィスで、みんなが働いています。
グレーテルも、お金を稼ぐためにここで働くことにしました。毎日5時に起きて、パソコンを付けてお昼ご飯の12時までお仕事です。お昼ご飯を食べた後も、定時である夜の10時までお仕事です。グレーテルは木こりの家の娘なので、パソコンを触ったことがなく、なかなかお仕事が終わりません。グレーテルは毎日毎日働き続けます。
やがて、グレーテルは塔の外に出たくなりました。
塔には滑り台があり、そこを下りれば外の世界です。
けれども一度降りたら、もう塔へは登れません。
グレーテルにはどうしても決心がつきませんでした。
「下の世界へ行きましょうよ」
紫のマニキュアがグレーテルに言います。
「でも地下室に閉じ込められているヘンゼルお兄さんを見捨てることなんてできないわ」
グレーテルはマニキュアを並べながら答えます。
「貴女は見捨てたられたのよ」
紫のアイシャドウがグレーテルに言います。
「そんなことないわ。だって地下にヘンゼルお兄さんはいるのよ」
グレーテルはアイシャドウを並べながら答えます。
「地下なんて見たこともないくせに」
紫のリップグロスがグレーテルに言います。
「だって、地下に行くには、下に降りないと行けないのよ」
グレーテルはリップグロスを並べながら答えます。
「弱虫」
鏡台の鏡の中のグレーテルが言います。
「だって、」
グレーテルは鏡に反論しようとして、そして口を噤みます。
そして。
「ほんとは、地下なんてないのよ」
紫のマニキュアが楽しそうに言います。
「ほんとは、ヘンゼルなんていないのよ」
紫のアイシャドウが楽しそうに言います。
「ほんとは、化粧品はしゃべらないのよ」
紫のリップグロスが楽しそうに言います。
グレーテルは鏡台の鏡を見つめます。
鏡の中のグレーテルは「ばかみたい」と言います。
化粧品たちは楽しそうにくすくすくすくす笑います。
ピピピピピピピピ。
5時のアラームが鳴り響き、グレーテルはパソコンを起動しようとして、仕事に取りかかります。
カタカタ。カタカタ。グレーテルはパソコンを打ち続けます。やがてお昼の3時になると魔女が現れます。魔女はいつものようにグレーテルに美味しいお菓子を渡します。
グレーテルはいちごのタルトを食べながら、パソコンを打ち続けます。カタカタ。カタカタ。カタカタ。カタカタ。
夜になり、グレーテルは今夜もいつものように塔の外に出たくなりました。滑り台はいつでもそこにあります。
化粧品たちがまた話し始めます。
「下りればいいだけなのにね」「意気地無し」「塔の外のほうが幸せよ」とひそひそ。
グレーテルは化粧品を手に取り、滑り台へ滑らせました。
1つづつ、1つづつ、化粧品を滑り台から滑らせます。
化粧品はカラカラカラカラと音を立て、塔から降りていきます。グレーテルは全ての化粧品を下ろしました。
「化粧品が下に落ちてしまったの」
鏡台の鏡の中のグレーテルが言います。
「そうなの。落ちてしまったの」
グレーテルが言います。
「だからね、取りに行かなきゃだめなの」
鏡の中のグレーテルが言います。
「そうなの。逃げるわけじゃないの。仕方がないの」
グレーテルが言います。
「だから、ごめんなさい」
「だから、ごめんなさい」
グレーテルが鏡に向かって言います。
鏡は、いつものようにグレーテルと全く同じ動きで全く同じ言葉を言います。
グレーテルは滑り台を滑りました。
滑り台は暗くて、長くて、長くて、長くて、ずっと続いていて、どのくらいの時間が過ぎたかわからない頃、ようやくグレーテルは外の世界へつきました。
グレーテルの周りには壊れた紫色の化粧品がたくさん落ちていました。グレーテルはちらりとそれらを見てから、塔の周りをぐるっと一周しました。
塔は、滑り台の反対側に「株式会社オカシノシロ」と古びた看板が建てられているだけで、扉はもうありません。
グレーテルは近くの駐車場へと歩いて向かいました。
駐車場にはたくさんの車が止められています。
グレーテルは黒い車の助手席に乗りました。
運転席の男性はグレーテルに「おつかれさま、グレーテル」と言って車を走らせました。
車は道路を暫く走ったところで、空中を走り始めました。グレーテルは窓から下を見下ろします。
「ずいぶんお外は発展したんですね」
「そうだよ。高層ビルがいっぱいだろ?」
運転席の男性はグレーテルに優しく話しかけます。
車は高層ビルの上をものすごいスピードで走り抜け、海の上を走り抜け、ほうじ茶園の上を走り抜けます。
グレーテルは車の中でうとうとしながら少しだけ不思議に思いました。
ほんとは化粧品は喋らないことをグレーテルが知ってます。
ほんとは地下室なんてないことをグレーテルは知ってます。
ほんとはお兄さんなんていないことをグレーテルは知ってます。
「私の頭の中のヘンゼルお兄さんがいる此処は現実なの?」
運転席のヘンゼルは何も答えません。
End.