ローズマリー
少女テコは村人です。
村人は一番身分が低い生き物です。
村人よりも区人が偉くて、区人よりも町人が偉くて、町人よりも市人が偉いのです。
テコは名前を変えて生き直すことにしました。
そしてテコは今日からローズマリーになりました。
ローズマリーはホテルの1室に暮らしています。
ローズマリーは村人なので村人ルーム暮らしですが、近々区人ルームへの引っ越しが確定していました。
ローズマリーは村人でありながらも区人に精進が決まっているのです。
しかし、そんなローズマリーにとって嬉しくない事件が発生しました。タコ殺害事件です。ローズマリーの暮らすホテルでタコが殺害されたのです。
「それではローズマリーさん、事件時のアリバイをお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
帽子を被ったにこやかなホテルの支配人が警察官を従えて、ローズマリーに尋ねます。
「私は今日はさっきまで、南極駅から北極駅まで歩いていたわ」
「これは面白い。ローズマリーさんは電車の乗り方をご存知ないと?」
支配人は笑顔ですが目が笑っていません。
「いいえ、わたし、電車にはよく乗りますけど、電車が来なかったの。仕方がないから歩いたのよ」
ローズマリーは笑顔で支配人に答えます。
支配人は、電車がなかったからと言って北極駅から南極駅まで歩くというのに納得が行かず、ローズマリーを疑っています。
「ローズマリーさん、貴女には動機もあるのですよ」
「まあ、お聞かせ願いたいわ」
「貴女は近々村人から区人へランクアップされるのですよね?区人ルームが空いたから、代わりに貴女がそこに入ると言うことですよね??」
「ええ、区長のご好意で。」
区長の権左ェ門は、ローズマリーに恩があります。
権左ェ門がスーパーで買い物中に財布を忘れた時に、ローズマリーが170円貸したのです。区長はローズマリーを村人から区人にすると約束しました。
「ですが、区人ルームが埋まったら、貴女のランクアップは無しとなる。どうです?ローズマリーさん。貴女はこのタコが区人ルームの新しい住人となることを恐れ、そして殺害をしたのではないですか??」
「まさか。」
稚拙な推理にローズマリーは思わず笑ってしまいました。仮にタコがこの区人ルームを使うのだとして、権左ェ門はローズマリーのために他の区人ルームを空けることでしょう。ローズマリーがタコを殺害する理由は何もないのです。
「くっ…まあ良いでしょう。貴女にはまた話を伺いに来ますからね」
支配人は悔しそうに吐き捨ててローズマリーの部屋から出て行きました。
ローズマリーはため息をつきます。
事件はどうでも良いですが、ローズマリーは警察とあまり関わりたくありません。ふとしたきっかけで、ローズマリーがテコであるとバレてしまうことが何よりも恐ろしいのです。ローズマリーがテコだとバレれば、たとえ事件に何ら関わりがなくても「名前を変えてまで逃げてる怪しい犯人」とされてしまいます。
ローズマリーはテコには絶対にもうなりたくありません。せっかく、区人への精進が近いのに、とんだ災難です。
ローズマリーは仕方がないので、真犯人を探すことに決めました。犯人を探してしまえば、もうローズマリーは事情聴取をされることもなく、偽名もバレません。
ローズマリーはホテル内の操作を始めます。
ローズマリーはまず、タコに話を聞くことにしました。
ローズマリーはホテルのプールに飛び込み、深く深く深く深く潜ります。ローズマリーはプールの底のタコツボに話しかけます。
「こんにちは。タコはいらっしゃりまして?」
「ああ、僕がタコだよ」
タコがにゅるると出てきました。
「タコを殺した犯人を知りたいの」
「支配人だよ」
タコが答えました。
「ありがとう」
ローズマリーはタコにお礼を言い、プールから出ました。そして支配人の部屋を訪ねます。
「支配人、貴方が犯人だったのね」
「何をおっしゃってるんですか!?」
支配人は信じられないというようにびっくりしてます。
「先程、タコに話を聞いたわ。支配人が犯人だと言っていたのよ」
ローズマリーは言います。
「支配人が犯人だったのですか!?!?!?」
支配人はびっくりしています。
ローズマリーが言葉を続けようとしたら、支配人がローズマリーに謝りました。
「すみませんでした。僕は、てっきり一番怪しいローズマリーさんが犯人かと…支配人が犯人だったのですね、わかりました。それにタコはまだ生きているのですね」
ローズマリーは、犯人でありながらも他人事の支配人を不思議そうに見つめます。
「私がタコで、タコは支配人です。支配人はタコを殺して、タコの身体を乗っ取ったのでしょう。犯人が支配人なら、このままでは私が犯人になってしまいます。急いで、タコを捕まえましょうローズマリーさん」
ローズマリーと支配人はプールの深く深くへと潜ります。タコは笑顔で「ようこそ深海へ」と二人に言いました。
「殺人犯の支配人が何の御用かな?」
「黙れ!僕は殺人犯ではない!君が殺人犯だ!ローズマリーさん、僕を助けてください!」
「ローズマリー嬢、犯人である支配人の戯言に耳をかしてはいけないよ。さあ悪いやつを捕まえるんだ」
ローズマリーが事件の犯人を決めなくてはなりません。
ローズマリーは困惑してしまいました。
「二人とも、まって。落ち着いて整理しましょう。まず、タコが支配人に殺害されたのね?」
「はい!支配人が犯人です!」
「ああ、支配人が犯人だ」
二人はローズマリーの疑問を肯定します。
「では、支配人が犯人です」
ローズマリーが支配人を向いてそう言うと、支配人はパニックになったように頭を掻き毟ります。
「ローズマリーさん、違うんです!私はタコです!!私は支配人に殺されて、支配人になったんです!」
「では、タコが犯人です」
ローズマリーがタコを向いてそう言うと、タコは楽しそうに歌うように触手を動かします。
「タコは殺された被害者だよ、ローズマリー嬢。タコを殺したのは支配人なんだ」
「でも、貴方が支配人だったのでしょう?」
「ローズマリー嬢、『貴方』だなんて不確かだ。『私』を確立するものはなんだ?ローズマリー嬢には『私』が何に見える?」
「タコに見えます。でも、支配人だわ」
「ふむ、つまり、私が支配人だと言うことだな?」
タコの問いかけに、支配人が「そうですよ!!!」と言います。
「では私が支配人か」
タコは頷き、支配人がタコに変わり、タコは支配人に変わります。
ローズマリーは支配人を向いて「支配人、貴方が犯人です」と言いました。
「まってください!!ローズマリーさん、私は犯人ではありません!!!!」
支配人は頭を掻き毟ってまたパニックになりました。
ローズマリーは困惑してしまいます。
「まって。どういうことなの?」
ローズマリーはタコに問いかけます
「犯人は支配人なのだろう?ローズマリー嬢」
「支配人は貴方だわ」
タコはため息をつきます。
「ローズマリー嬢の都合でいちいち変えないでくれ。ローズマリー嬢はタコを支配人にする趣味でもあるのかい?」
「もういいわ、でしたらタコが犯人よ。」
ローズマリーはタコをむいてそう言います。
タコは楽しそうに触手でタコツボの周りを這います。
「これは面白い。ローズマリー嬢は、タコが支配人に殺害されて、犯人がタコだと言うのか。実に素晴らしい独裁者だ。ローズマリー嬢はきっと素晴らしい女王になれるだろう」
「うるさいタコめ!よくも僕を犯人扱いして…!!!ローズマリーさん、ありがとうございます!さあ、タコを警察に差し出しましょう」
支配人が涙をぬぐって、ローズマリーに感謝をします。
ローズマリーは殺害を犯した身体での支配人ではなく、殺害を犯した記憶のあるタコを犯人として捌きました。
タコはタコ殺害の罪で首を切られることになりました。
ローズマリーが首切りを宣言します。
「タコ殺害事件で、支配人がタコを殺したの。だから、今日は犯人のタコを処刑するわ」
ホテルの客や従業員たちがわぁっと盛り上がり、ローズマリーをまるで女王陛下のように讃えます。みんなが「万歳!」とローズマリーを敬い処刑を今か今かと期待します。
ローズマリーは鎌でタコの首を切りました。
タコは首を切られる前に、「独裁者ローズマリー嬢万歳!」と叫びました。
タコの処刑が終わり、ローズマリーは無事区人に精進しました。
そして、その夜ローズマリーは何者かに殺害されました。
目が覚めたローズマリーは女王陛下になっていました。
目の前にはローズマリーの死体があります。
ローズマリーの死体は起き上がって「女王陛下、貴方が私を殺したのね」と悲しそうに言いました。
ローズマリーは理解しました。
この女に殺されてから、身体を入れ替えられたのです。
女王陛下のように讃えられたのが、本物の女王陛下の反感をかってしまったようでした。
警察が部屋に入ってきました。
ローズマリーの死体の女王陛下は「女王陛下に殺されたの、捕まえて」と警察に駆け寄ります。
けれども、女王陛下になったローズマリーは焦ることなく優雅に微笑みました。
「ローズマリーの首を切ります、彼女は、テコという名の殺人鬼で、名前を変え、このホテルに逃げていました。また、区長への金銭の賄賂により、村人でありながら違法な手段で区人へのランクアップをしました。」
罪状を読み上げると、ローズマリーの顔が真っ青になりました。
「待ちなさい。この、卑怯者!貴女、殺人鬼テコね!」
「いいえ、私は女王。ローズマリー、いえテコが殺人鬼ね。さあ、悪い人の首を切りましょう!」
手にした鎌でローズマリーの身体の首を切りました。
ローズマリーの死体を警察がずるずる引きずって出ていきました。
End.