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貴女は誰より素晴らしい


ドアを開けると、ワッと歓声が沸いた。


期待に満ちた目で私を見る人達の、長い長い列がドアの前にできていた。

カメラがカシャカシャと音をたて、眩しいフラッシュの連続に思わず目を瞑ってしまう。

マイクを持って「一言ください!」「国民の皆様にコメントを!」と言うマスコミたちと、「押さないでください!」「節度をお守りください!」と言う警備員たち。


びっくりした。

何事だろうか。

色んな人が私を見ている。


うちわやペンライトを振り回す人や、私の写真の缶バッチをたくさん鞄につけた人や、数珠を持って拝む人や、鮫の入った水槽を掲げて歌い出す人。

初対面の知らない人たちばかりだ。


部屋に戻ろうと、ドアに手をかけても、扉は開かなかった。ガチャガチャと押したり引いたりをしてみても扉は何も反応しない。

下の方を見たら光るキノコがすくすくと成長をして、扉が開かないように防いでいるのがわかった。

青白く発光するキノコ。

毒かもしれないので私はドアは諦めることにした。


「先生、こちらです」


神妙な声が隣から聞こえる。


マホガニー色の髪の男だ。

私は仰々しくうなづき、男の後についていく。


「ではまず握手からお願いします、先生」


男は私を赤い椅子まで案内をした。

私は椅子に座り、男に手を伸ばした。


「素手だと菌が感染します。ゴム手袋を」


「直ちに」


男は手を2回叩いた。

黒服たちが現れた、ゴム手袋の箱を大量に置いた。

私は2時間かけて、全てのゴム手袋たちに握手をした。

最後のゴム手袋への握手がようやく終わる。


「おつかれ様でした、先生」


私は仰々しくうなづいた。

謎の作業だ。


男は私を次の場所へと案内をする。

私は真っ白な椅子に座った。


列の1番先頭の女性が感極まったように話しかけてきた。


「先生!先生!先生の作品素晴らしかったです!!」


「ありがとうございます」


何も作ったことはないがそれっぽい返事をする。


「サインをいただけますか!?」


「喜んで」


女性は見慣れない小説を私に差し出した。

分厚いサイコホラーミステリー小説だ。

なるほど、私はミステリー作家なのか。

なんの先生なのかが分からなかったから、少しだけすっきりした。私は心の中でひっそり女性に感謝した。

それっぽい適当なサインを小説に書く。

私がサインしたことによって鷹作のような扱いにならないかなと少しだけ不安に思いながら。



次に。

列の2番目の品の良さそうな主婦が話しかけてきた。


「先生、先生の作品は素晴らしいです!私、子供の頃に先生の作品を読んだことがきっかけで、今では母親になれました!」


ほのぼのした絵柄の絵本を差出しながら彼女は言う。

なるほど、私は絵本作家なのか。



3番目のサングラスの男性が話しかけてきた。

男性はサングラスを外して、泣き出した。



「先生!先生のおかげで目が見えます!ああ、世界は美しい!先生ほどの名医はこの世にいません!ありがとうございます!先生のおかげです!」


なるほど、私はお医者さんなのか。

私は仰々しく頷いた。


それから私は、列の全ての人の感謝を聞いた。


私は全ての国民に愛される総理大臣で、あるいは類稀なる演技力を持つ舞台女優で、あるいは未知の惑星に到達した宇宙飛行士で、あるいは世界最高峰の料理人で、あるいは人類最強の戦士だった。


どれも全く私ではないが、私は仰々しく頷いた。



綺麗な王子様も、私の前に出て、そして跪いた。


「全てを統べる美しき我が花嫁よ、これを貴女に」


王子様は透明な薔薇の花を私に差し出した。


「プラスチックの薔薇…?」


「プラスチックではございません。我が花嫁、よければ召し上がってください」


私は透明な薔薇を口に含んだ。

それは砂糖のように甘く、そして口の中を幸せでいっぱいにして、すっと夢のように溶けた。


今までで食べたことのない美味しい味。


「素敵…!」


「我が花嫁のお口に合いよかったです。深海のヒトデたちの虹のたてがみを薔薇に食べさせて、作り出しました。花びら1まいにヒトデ20000億匹が使われています」


私は仰々しく頷いた。


深海にヒトデが居るとは知らなかったが、私が知らないだけで当たり前なのかもしれない。


ヒトデにたてがみは無かったと思うが、私が知らないだけで当たり前なのかもしれない。


王子様は満足そうに去っていった。



「つかれました」


「先生、おつかれ様でした」


マホガニー色の髪の男は私に深い礼をした。

彼の右手には透明のビニール袋と飲み干した缶コーヒーがあった。


「一人だけ休んでいたんですか?」


ずるい。

私はずっと働いていたのに、彼はコーヒーを飲んでいた。


「申し訳ございません。私の仕事は先生の案内でして…お詫びに、今すぐ買って参ります」


「いいえ、それで構わないです」


私は男の手からビニール袋を奪った。


透明で透き通っていて、綺麗で。


きっと先ほどのようなあの甘美を舌に与えるもの。



私はそれを口に含んだ。

身体の拒絶が舌に広がる。

苦しい。吐き気がする。


私は人生で最後の呼吸を終えた。



End.


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