むあがのむれさ
兎を追いかけたら崖のふもとに辿り着いた。
兎は崖を器用に登って行くので、私はゆっくり足を踏みはずさないように崖を少しづつ登っていく。
落ちたら痛いし、怖くてたまらなかったけど、途中で止まっている方がもっともっと怖い。私は、一歩ずつ登り続ける。
やがて、兎が「この中に入るんだよ」と私に話しかけてきた。兎は私から逃げていたはずなのに、崖の途中で私を待ってくれていた。
兎が「この中」と言ったのは、小さな折り紙の鶴だ。
崖の中に穴が開いていて、穴の中は川のように水が流れている。まるでウォータースライダーの入り口のようだ。
そこに、手のひらのサイズほどの鶴の折り紙が浮かべられている。
「こんな小さい中に入れるかしら…」
私には小さすぎる気がする。
けれど、兎が私を見ているから、私は片足をそっと折り紙の鶴の上に乗せる。
不思議なことに、私は鶴に乗れるサイズになってしまった。
私は鶴に乗って、川をどんどん流されていく。
スピードはそれほど早くはない。
崖の中は、まるで遊園地のアトラクションのようだった。
ダンボールで手作りされた草や動物が置かれていた。
ダンボールの岩の影から、お兄さんやお姉さんが顔を出して、私を見て歌い出した。
お兄さんやお姉さんは真顔で、私はどうしたらいいかわからなくて戸惑ってしまう。お兄さんやお姉さんは私のために仕事だから歌っているのだろうけど、私はそれに対してどうリアクションをすればいいのかわからなかった。
私は何もリアクションをせずに、ゆっくりゆっくり川を流れていく。お兄さんやお姉さんたちは私が見えてる間はずっとずっと歌い続けていた。
やがて、ゴールなのか私は鶴から降ろされた。
遊園地の入り口のような場所だ。
いつのまにか隣にいた兎と一緒に私は進む。
兎は歩いてすぐ左にあったピンク色の屋台に近づいて、私に「ポップコーンを食べる?」と首を傾げる。
ピンク色の屋台はピザ屋さんで、ポップコーンは無い。
私が「高いからだめ」と言うと、兎は「そうだね」と言って、また私の隣を歩き出した。
私と兎はジェットコースターの列に並んだ。
ジェットコースターの列は、ならんでいる間、スタッフからちくわが配られるサービス付きだ。
私のちくわの中にチーズがあって、嬉しくなる。
順番が来て、私はジェットコースターに乗る。
兎は、私の1本後のジェットコースターに乗っていた。
ジェットコースターは深海へ進み、フグと戦い、最後に思い出として紫のレンガが渡された。
私の一本後のジェットコースターに乗っていた兎はよくわからない石像を渡されていた。きっと何か違うコースの冒険があったのだろう。
私たちがお互いのコースの事を語り合って、次に何のアトラクションに乗ろうかベンチで話してた時。
ぽつぽつ。雨が降り出した。
ぽつぽつ、は、やがて、ざあざあ、に変わる。
豪雨のように激しく雨が降り注ぐ。
兎は雨に当たるたびにどんどん溶けて、やがて跡形もなくなってしまった。それでも雨はざあざあ降り注いで、アトラクションもどん溶けて、消えてしまう。
私は走って、体育館のような扉を開いて、中に入った。
中に入ると、扉が2つに分かれていた。
左の扉には「13歳〜17歳」と書かれていて、右の扉には「8歳〜12歳」と書かれている。
私が左の扉に進もうとすると中にいた受付のお姉さんに「あなたはあっちでしょ?」と言われた。
言われてみれば、たしかに私はまだそれほど大人ではない。
私は「8歳〜12歳」と書かれた扉の中に入った。
「おはよう」
私は、ホールのような場所の席に座っていた。
隣の女の子が声をかけてくる。
「おはよう」
私は彼女に笑顔を向ける。
「テストがんばろうね」
彼女が私に言う。
そうだ。今日はテストの日だ。
私は鉛筆を握りしめて、目の前の問題用紙に向き合う。
そして、戸惑ってしまった。
名前だ。名前をどうしよう。
私の名前ってなんなんだろう。
名前が書けない。
でも「私の名前を教えて」なんて言えるわけがない。
私が困っていると隣の女の子が心配そうに声をかける。
「どうしたの?むれさちゃん」
「なんでもないの」
私は答える。
前の席の女の子も振り返って声をかけてきた。
「具合が悪いの?むあがのさん」
「ううん、平気」
私は答える。
よかった。名前がわかった。
私はテストの名前欄に「無鴉雅野無零醒」と書いた。何故だかすらすらと指は動いた。これで安心だ。こんな漢字が多すぎる名前、ヒント無しで分かるわけがない。
そして次に書くのは生まれた年。
…どうしよう。
そもそも私は何歳なんだろう。
隣の女の子の生年月日をチラッと見ると、「2943年生まれ」と書いていた。
私の目線に気がついたのか、隣の女の子は「あ、生まれた年?」と話しかけてくれた。
「まだ難しいよね。むれさちゃんは8歳だから、2945年だよ。」
「ありがとう」
私は「2945年生まれ」と書いた。
いい席でよかった。
私が問題を解いてる間にも、次々と生徒の名前が呼ばれて、ホールのステージに上がって実技をしている。
やがて、私が問題を解き終わった時。
大事なことを思い出した。
実技テストは自分で道具を用意しなくてはならないのだ。
私は手ぶらだ。
急いで私は、学校内の私が暮らしてる寮に向かった。
私の部屋にはベッドが1つと拳銃が1つしかなかった。
どうしよう。拳銃じゃ実技アピールができない。
私は走って、部活の先輩の部屋をノックする。
「先輩!先輩!」
「なあに、むれさちゃん」
先輩は6人部屋に居た。
「私今から実技のテストなんです。道具を貸してください!拳銃と交換で…だめですか?」
私が拳銃と言うと、先輩達はきゃあきゃあはしゃぎ出す。
「拳銃あるの!?いいよ」
「私も貸してあげる!」
「むれさちゃん、私のを使いなよ」
先輩達みんなが拳銃目当てに実技の道具を貸してくれた。
私は拳銃が1つしか無いことは黙って置こうとおもった。
先輩達から借りた道具を持って、ホールに戻る。
「では次。むあがのむれささん。」
先生にマイクで名前を呼ばれる。
私はステージに上がる。
先輩達から借りたものを、ステージの端に並べる。
ギター。
ケーキ。
巨大なぬいぐるみ。
生魚。
懐中時計。
色々なものをステージに並べる。
そして私はステージの別の端に立ち、先輩から借りた弓を引いて、それらを打ち抜いた。
私の矢は、まっすぐに突き刺さる。
私がステージの上の全てを破壊すると、先生は次の生徒の名前を呼んだ。
緊張したけど、上手くできたと思う。
私はテストを無事終えた。
End.