怯える
「私の国では、芋といえば里芋なんです。ジャガイモなんて本で読んだことはあったけれど、食べたことがないんです。食べてみたいんです。食べさせてください、今食べないで、いつ食べろというんですかっ!」
ぎっと見上げると、レンジュさんがうっと、体を引いた。
あ。また苗子の後ろに隠れようとしたでしょう。残念ながら私が両手で手をつかんでいるから逃げられませんよ。
「ちょ、何、苗子、よだれ垂らしてる。ほ、本当に姫か?やっぱり、影武者かなんかだろう?」
フルフルとレンジュさんが首を横に振っている。
失礼な。さすがによだれなんて垂らしていませんよ。
「鈴華様、ではこちらをどうぞ。皮をむいて、少しお塩を振りかけましたので」
と、皿に一口サイズにカットされたジャガイモが乗せられていた。
「味見でしたらこれくらいの量で充分かと。味見をしている間に、レンジュには他の料理を用意させましょう」
「苗子しゅき……」
レンジュは、私が手を放すとあっという間に天井裏に消えて行った。さすが忍者素早い。
いつの間に用意したのか、一口サイズのジャガイモを箸でぱくりと食べる。
ほこ。
ほこほこ。
「おいしぃ」
口の中がちょこっともしゃもしゃするけれど、里芋とは全然違う触感。ほんのり甘みがあるし。
「おいしいね、苗子。苗子、一緒に食べましょう、あ、苗子は普段からジャガイモ食べてる?だったらレンジュが持ってくる料理を食べたほうがいいのかな」
里芋も毎日食べ続けると飽きてくるもんね。美味しいんだけど。
あ、そうだ。
部屋の中をきょろきょろと見渡す。
「あった、あった」
灯り用の行燈を見つけ、パカリと中をのぞく。
ひょうそくの油を指にとり、匂いを嗅ぐ。
「鈴華様、何を?」
「せっかくだから、ちょっと頼んでいい?この灯り用の油、綺麗な物をこれくらいの鍋に6分目くらい入れて用意してくれる?あと、おろし金と、すりこ木、それから箸と……あー、調理場に行った方が早いかしら?ちょっと調理場に、油と、そのパンとジャガイモ持って行ってくれる?ジャガイモは皮を全部むいておいて」
と指示を出して、庭に走り出す。
「あった、あった。実がなっていてよかった」
イヌザンショウの黒い実を一つ手に取り、ぐっとつぶして匂いを嗅ぐ。
うん、間違いない。イヌザンショウだ。
いくつか実を積んで調理場へ……って、場所が分からない。
「ねえあなた」
庭で草むしりしていた侍女の一人に声をかける。
「は、はひっ、あの、ちゃんと草むしりをしておりますっ」
あ。おびえてる。
「はい、ごくろうさま。ずいぶんきれいになっていますね」
とりあえずお礼お礼。
侍女は、はっとして立ち上がり頭を下げた。ちょ、震えてる震えてる。
怖くないから。ごめんって。
「ところで、調理場の場所が分からないのだけれど、案内してくださるかしら?」
すくっと立ち上がると、女性はすぐに姿勢を正してこちらですと歩き始めた。
手は泥まみれ。
ごめん。手を洗う時間くらい上げればよかった。もしくは場所を教えてもらって一人で向かえばよかった。
「こ、こちらでございます」
と、調理場の前まで黙々と案内してくれた侍女。
えーっと、怖くないよ?
いつもありがとうございまーす。
庭に飛び出す姫。
……うん、飛び出すようなタイプだよね。
でも、普通の姫は、深窓の令嬢……ホイホイ庭に飛び出すなんて思ってないよ……。
うわーっ、来た!庭に!庭に来る理由なんて、私たちの仕事っぷりをチェックするために決まってる!
……と思われても仕方がない。……