謁見の間
「何でもいいです。お願いします」
好き嫌いはないですし。あ、食べたことがあるものの中では。まずいと思っても食べられないほどだと思ったことはないので。
「何でもいいか。ふっ、わかった。すぐに取ってくる」
笑った?
レンジュさんが、膝を曲げてぐいんと飛び上がる。天井の穴に手を引っ掛けると、そのまま体を引き上げあっという間に天井裏に消えて行ってしまった。
「すごい……読んだ本には宦官が忍者みたいだって書いてなかったのに……やっぱり、百聞は一見に如かずっていうけれど……本だけじゃ分からないことがあるのね」
ふっと、苗子が笑いをこらえきれない感じで噴出した。
「し、失礼いたしました……」
肩が震えている。
「苗子、笑いたいときは声を立てて笑っていいわ。不敬だとかそういうの全然気にしないで。寧ろ、いろいろ気軽におしゃべりができる間柄になれたほうが気が楽……」
「あり……ふふ……がとうござ……いま……あはははははは、ふふふ、あはははは」
耐えていたものがすべて噴出したように苗子が声を上げて笑い始める。
「何がそんなに面白いの?」
「いえ、鈴華様で、お仕えする姫様も4人目となりますが……。宦官は男とは違うのかと尋ねられたことはありますが……宦官のそこはどうなっているのかと、ははは、見せてもらいたがったのは……はははは初めてで……。レンジュのあんなおびえた様子は初めてで……くふふふふっ」
うーん。
私が面白いのか、それともレンジュさんが面白かったのか、どちらかな?
「何がそんなに面白いんだ?」
しゅたんと天井裏からレンジュさんが現れた。
「早っ。まだ数分しかたってませんよね?」
ここから王宮まで往復するのにどれだけ時間がかかるのか想像する。……私の足じゃ、頑張って急いでも10分以上はかかると思うんだけど。
さすが忍者。
「隣の部屋に移動するか」
と、レンジュさんに言われて謁見室に移動する。
控室はずいぶん簡素な作りだったけれど、謁見室は、どこにも木目が見えないようになっている。柱という柱には朱や金で彩られ、壁には呂国の風光明媚な景色が色鮮やかに描かれている。
「これは、呂国の三名山の絵ね。あちらの壁は愁湖だわ」
よく見れば、天井にも絵が描かれている。
残念ながら、見えないっ!細かすぎて、私の視力じゃ、天井の絵、何が書いてあるのか見えないっ!
20畳ほどの部屋の一番奥に、ひときわ豪奢なイスが、1段高い位置に置かれている。
あそこに私が座り、段下の絨毯の敷いてあるところに謁見を申し出た人が座るのかな?
その奥に、壁代……天井から布制の帳が吊るしてある。光沢がある黒。まさに呂の色をした布だ。
椅子に腰かけた私を下から見上げた人の目には呂の色が視界全面に入るつくりになっているのかと思うと、デザインした人に感服する。
「すごいね、華やかな部屋一面の絵や、窓から見える美しい庭。どれも呂国の素敵な一面を表現しているけれど……こうして、呂……艶のある漆黒の美しさを動きのある壁代で表現してるなんて……」
「え?これにはそんな意図があるんですか?」
苗子が、レンジュさんを見上げた。
「いや、ただの仕切りだろ?」
と、レンジュさんが布の切れ目を押し開く。
「どうぞ、鈴華様」
ただの仕切り?
苗子さんも次第に打ち解け、レンジュは初めからなれなれしいけど……
鈴華以外の姫様のときは、もうちょっとちゃんとした人達だったはず……。