後宮物語最終話
仙捕吏長が頑張ったんだろう。
次の日には殺人ではなく事故だったということになり、マオが仙牢から出されることになった。
レンジュにわがままを言って、仙牢の前で扉が開くのを待つことになった。
「いいですか、鈴華様、仙牢の中はどうなっているの? と飛び込んではいけませんからね?」
横で、繰り返し苗子が私に注意を促す。
「はははっ、もし鈴華がうっかり飛び込んだら、俺も一緒に入ってやるよ。一人じゃ辛くても、二人なら何とかなりそうな気がするからな!」
逆側にはレンジュもいる。
「いいえ、その時は私もご一緒します。三人ならさらになんとかなるでしょう? そうですね。仙牢に閉じ込められている間は毎日付きっ切りでマナーの特訓でもしましょうか? 本も中にはありませんしね」
苗子が怖い。
「飛び込んだりなんてしないよ……」
本がないなんて!
毎日特訓だなんて!
ぶるぶると身を震わす。
でも、レンジュと苗子と一緒なら……。
グラリと地面が大きく波打った。
仙牢……大きな岩が動いてぽっかりと山の一部に穴ができた。
思わず走り出した私に、苗子とレンジュが慌てて手を伸ばしたけれど、つかまることなくそのまま駆け抜けた。
「マオっ!」
穴に人の姿が見えたのだ。
思いきりマオに抱き着いた。
「マオっ! マオ、マオっ!」
おかえりって言うどころじゃない。
繰り返しマオの名前を呼ぶことしかできなくて、ただ、もう、良かったって。
「鈴華……」
マオが私の体に手をまわし、肩に顔を埋めた。
「もう、二度と会えないかと思った……。鈴華……顔を見せて」
マオが体を離すと、私の顔をじっと見ている。
マオは少しやつれていたものの、幸せそうな顔をしている。
「ずっと鈴華のことを考えていたよ……後悔ばかりだったけど」
「後悔?」
「もっと早く思いを伝えればよかったとか、こんなことになるなら何も伝えなければよかったとか……そもそも、初めに声をかけなければ……出会わなければよかったとか」
「何それ……私と出会わなければよかったって……ひどいよ、マオ……」
マオが笑った。私がぷぅっと頬を膨らまして怒っているのに、なんで笑うの。
「うん、鈴華の顔を見たら、後悔してた自分を後悔してる」
「そっか。よかった。あのね、マオ、私」
マオにたくさん話をしたいことがある。
皆がそれぞれに、あの時ああしていれば、こうしていればと思うことがあって。
誰にも関わらなければ、目も耳もふさいで知らないままでいれば、後悔することもないかもしれない。
でも……。私は知ってしまった。だから、本をただ読んで楽しむだけで完結はしたくない。
図書館司書のジュジュだって、本を読んで、必要な情報をまとめて本にしていた。バラバラになっている各国の毒の情報を集めて一つにしていた。人の命を守るために大切な本を作っていた。
私にも何かできるかもしれない。本の妖怪にも。何か……。
「仙皇帝陛下、ゆっくりお休みになれましたか? ここ数日休んでいた仕事が溜まっていますよ」
レンジュがマオの襟首をつかんで引っ張った。
「兄さん、え? 仕事? えっと、僕は仙皇帝の座を降ろされたのでは?」
「いや。取り消し取り消し。殺人事件なんてなかったしな。全部なかったことになって、引き続きお前が仙皇帝な。ほら、行くぞ」
レンジュがマオを引っ張って仙皇帝宮へと向かう。
レンジュも嬉しそうだ。そりゃそうだよね。弟が無事だったんだもん。
仙皇帝宮に二人が入っていくのについて私も足を踏み入れる。
「え? な、なんで鈴華が仙皇帝宮に入れるの?」
マオが驚いて私の顔を見た。
「何でって、仙皇帝の婚約者になったから、だけど?」
そういえば、マオは仙牢にいる間に起きたことは何も知らないんだよね?
「はぁ? いつの間に、僕の婚約者に?」
ん? マオの婚約者?
「あれ?」
そういわれれば首をかしげる。
「鈴華、俺の婚約者だろ?」
レンジュの言葉にさらに首をかしげる。
「えーっと、仙皇帝の婚約者になったんだよね? で、仙皇帝がレンジュじゃなくマオになったとしたら、一体私は誰の婚約者ってことになるんだろう?」
苗子の顔を見る。
「苗子が、見届け人だったよね? どうなるかわかる? 仙皇帝の婚約者? レンジュの婚約者? それともどっちもなかったことになる?」
苗子がレンジュとマオの顔を交互に見た。
「俺、俺だろ、俺!」
「仙皇帝が僕なら僕ですよね?」
大きなため息を一つついて、苗子がずんずんと歩き出す。
「仕事が溜まっていらっしゃるんですよね? さぁ、手伝いますから、行きましょう!」
「ちょ、苗子お前、自分から手伝ってあげるなんてマオには優しくないか? 俺にはいつも自分でやれと言っていたくせにっ!」
マオが振り返って私に手を差し出した。
「鈴華、行こう!」
「うん。私も手伝えることがあったら手伝うよ! なんでも言って!」
こうして、私の仙皇帝宮での暮らしの第一歩が始まった。
最後までご覧いただきありがとうございました!
これにて後宮を後にしますので、後宮物語はおしまいです。
苗子が実は気に入ってたりします。
絶対男装(とは言わないか)すると中世的なイケメン出来上がるぞw
感想、★評価、レビュー等いただけると嬉しいです。
3月7日に2巻が発売となります。よろしければお手に取っていただけると嬉しいです。